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王の剣士 七

<第一部>
〜見えない手〜

第五章『落日』


 喇叭が高らかに吹き鳴らされ、草原に響いた。一里の控えの館の門が開き、正規軍将軍アスタロトを先頭にした騎馬の一隊がゆっくりと進み出る。
 アスタロトに続いて近衛師団第三大隊大将セルファンが馬を立て、殿しんがりを西方将軍ヴァン・グレッグが務める。隊列の中央にアヴァロンを従えた王が、その威風堂々たる姿を示していた。
 門の左右に正規軍兵士が陣を組み、王旗を風に掲げている。歓声は無いが粛然とした空気の中に熱気があった。彼等の正規軍将軍と、国王を、この一里の控えという大役で補佐する事に対する、深い喜びと誇りだ。王が館に到着し、兵士達の前に姿を現わしてから、その誇りは弥増いやまし彼等の中に満ちていた。
 王とその衛士五十名は、王旗の下を街道に進み出、門のように並ぶ二つの指標石の間を、今、抜けて行く。
 兵士達は直立したまま、緊張した視線を指標石に向けた。
 先ほど王が館に到着した時に大気を震わせたように、再び指標石が何か変化を表すかと、そう思った為だ。
 だが今回指標石は沈黙したまま、通り抜けて行く王の一行を見下ろしている。
 街道は真っ直ぐ、緑の草原の中を西へ――西海とのとば口である水都バージェスへと伸びていた。



 物見の塔に上がったウィンスターの全身を、やや強い風が撫でる。
 ウィンスターや兵士等の視線の先で、既に王の一行は一里の距離の街道の半ばを超えた辺りを進んでいる。
 緑の草原に王旗が翻る様は、荘厳な光景だった。
 伴うのは僅か五十名の衛士のみ、だがそれ故に崇高であり孤高に感じられる。
 王と五十騎の騎馬の列は前方に待つ水都バージェスへと、ゆっくりした歩みで進んで行く。物見の塔からは、古い街道の石畳が王の一行を導くように見えた。
「陛下がバージェスにお入りになるまで目を離すな。バージェスの様子も監視を怠るなよ」
 ウィンスターは物見のに配備した三人の兵達へそう指示を向けた。
 王がバージェスへ到達するのに要する時間は、あと半刻程度だろう。バージェスで西海からの迎えを待って、西海に入る。
 不可侵条約再締結の式典は正午に始まるが、王とアスタロト達がバージェスへ戻るのは、明日の昼になる。一夜、歓迎の宴を催すのがこれまでの慣例だった。
 およそ一日――、長く感じるのは、王を迎えるのが西海の皇都イスだからか。
 ウィンスターが視線を階下への階段に転じた時、ちょうどワッツが体格のいい身体を揺らして上がってきた。
 ワッツはウィンスターへと歩み寄り、右腕を胸にあて敬礼を向けた。
「大将、一里の監視の兵、展開を終えた後は異常は報告されておりません」
「ご苦労」
 左軍の半数、約五百名は、一里の控えの半円の外に広がり、万が一の侵入者の警戒に当たっているところだ。
「やはりさすがに、近付く者は一切無いですね。まあ元々ここら一帯、用の無い場所ですが。冗談じゃなく鳥も近寄ってきませんよ」
 ウィンスターも苦笑気味に頷く。
 ただそれだけを取れば、何をこれほどまでに警戒しているのかと呆れる状況だ。バージェスどころか、この一里の控えに近付く者は、おそらくほとんど無い。野盗達がバージェスを根城にという考えも無いようだった。
「この一帯に人が近寄らないのだ。大戦以降、自然とそうなった。この地域一帯の近寄りがたい空気を鳥達も感じるのだろうな」
 ワッツはウィンスターの鋭い面から、青い空へ視線を移した。物見の塔の屋越しに見える空は目に刺さるほど眩しい。
(カイはレオアリスの所に帰ったか……)
「先は長い、兵達には三交替で休みを取るようにさせろ」
「承知しました」
 右腕を胸に当て敬礼を捧げ、ウィンスターが訝しさを覚えない程度の僅かな時間、ワッツはそのまま動きを止めた。先ほどカイが持ってきた情報が頭をよぎる。
(王都じゃボードヴィルに当たりを付けている)
「ウィンスター大将」
 ウィンスターが視線を上げる。
「何だ」
「少し、ご相談が。お時間を頂きたいのですが」
「相談? 判った。陛下がバージェスにお入りになったら聞こう。それでいいか」
「お願いします」
 ワッツは再び敬礼を向け、今さっき身体を押し上げた螺旋階段へ戻った。





 レオアリスが伸ばした腕に降り、カイはその嘴からワッツの言葉を繰り返した。
 正規軍副将軍タウゼンと参謀ハイマンス、グランスレイがここ謁見の間に既に呼ばれている。
『一里の控えに出たのは、左軍全軍と中軍の半数だ。ボードヴィルに残ったのは中軍の残りと右軍、ヒースウッド中将が留守を預かっている。それから、まだ悪いが復元情報の出処も、ヴィルトール達の消息も、情報は得られてねぇ。一里の控えは動けねぇが、ここでできる限りの情報を集める』
「ヒースウッド中将?」
「知っているのか」
 ヒースウッドの名を繰り返したレオアリスへ、ベールが問いかける視線を向ける。
「ラクサ丘でルシファーと対峙した時、正規軍を率いていた中将です」
 大柄で髭を蓄えた、実直そうな男だった。
(ヒースウッド――)
 助力をすると言って、小隊を展開させた。
 あの時の正規軍の動きは、どちらかと言えばレオアリスに不利に働いた。
 レオアリスはそれを、近衛師団とは違い、自分の剣を前提とした戦術に馴染みが無い為だと思っていたが――
 状況から考えて、あの時点で既に第七大隊がルシファーと通じていたのだとしたら、ヒースウッドの選択は違う意味を持ってくる。
 奥歯で苦い塊を噛み潰したように感じられる。
(まさか、第七大隊が)
 ベールはタウゼンへ視線を移した。
「タウゼン殿、ヒースウッドという中将がどのような人物かご存知か」
 タウゼンは眉を歪め、頭を下げた。
「申し訳ございません。ヒースウッド伯爵の弟で、第七大隊に長いとだけしか、認識はしておりませんでした。万が一ルシファーと関わっているのだとしたら、不徳の致すところと」
「仕方あるまい、よもや想像など及ばぬ事じゃ。今後をどう対応するか――まだ決まった訳では無いが、しかし今、ボードヴィルへの疑いはますます濃くなっておる」
「ボードヴィルが」
 タウゼンが唸るように呟く。
 正規軍にしてみれば一層、西海との境界を預かる要の第七大隊が、離反者であるルシファーと通じているなどと、俄かには信じ難い。
 しかし、タウゼンはそれ以上の否定の言葉を飲み込んだ。
 既に大公ベールとスランザールがファルシオンの前で明らかにしている案件だ。
 そもそもヴァン・グレックを通じてワッツに対し、ルシファーの館の復元情報の出処を探す任務を与えたのは、ボードヴィルの正規軍から漏れた可能性があると考えていたからだった。
 苦い心情がタウゼンの眉の上に見える。スランザールはそれから目を離した。
「もし第七大隊がルシファーと通じているとすれば、その中心にいる者はボードヴィルに残った半数に含まれような」
「おそらく――よもやウィンスターまでは関わってはいないかと」
 タウゼンは苦しそうにそう言った。
「失礼致します」
 そこにいた全員の視線が扉へ流れ、それぞれがやや意外そうな表情を浮かべた。
 ロットバルトと一緒に、まだ招集していない法術院長アルジマールの姿があったからだ。
(アルジマール)
 ヴィルトール達の消息を追って欲しいと依頼したのは、二日前だ。レオアリスは問いかけるように、ロットバルトとアルジマールを見た。
 ロットバルトがグランスレイの横へ立ち、レオアリスへ目線を返してから、ファルシオンへ敬礼を向ける。
「ゲント、アル・アーケン、ローレィン、ボードヴィル、四都市の領事より、召命に従い王都へ上がる旨、返答がありました。ボードヴィルもレガージュ旧砦の転移陣を使用するとの事ですので、ニ刻の間に到着するでしょう」
 スランザールが豊かな眉を上げる。
「いずれも早い反応じゃの。判別はつけ難い。まあ難色を示せば疑いを濃くすると、ルシファーも判っていよう」
 ルシファーも、というスランザールの言葉を聞いて、レオアリスは口元を引き結んだ。
 領事を召喚した事で、ルシファーには王都の不審が伝わったと考えていい。
 それが牽制になるだろうか。
「問うしかあるまい。二刻であれば条約再締結の儀が始まる前に対応が取れるか――アルジマール院長」
 ベールがロットバルト達の向こうに立っているアルジマールへ視線を向ける。
「どんな話を持って来た」
「うん、どうやら僕の情報は役に立ちそうだ」
 アルジマールは目深に被った灰色のかずきの下から、ファルシオンの前に立つ顔触れを見回した。
 玉座に座るファルシオンの正面まで進み、恭しく頭を下げた後、再び全員を見てからレオアリスへ顔を向ける。
「途切れた護符の件なんだけど」
「判ったんですか?」
 乗り出すようにして尋ねたレオアリスに、アルジマールは首を振って返した。
「逆だよ。辿れない地域がある」
「何の話です、法術院長」
 まだ状況を把握し切れていないタウゼンは、それまでの複雑な感情と相まって、抑えられず苛立ちの交じった視線をアルジマールとレオアリスへ向けた。いなす代わりにスランザールが口を開く。
「ハインツ夫妻を追ったヴィルトール達には、アルジマールの作った護符を持たせていた。万が一に、レオアリスをそこへ呼べるようにじゃ。おそらくルシファーによって破壊されたのじゃろう――途絶えた彼等の足取りをアルジマールにも探ってもらっておった」
 ファルシオンの手が玉座の手摺りを握り込んだのが判る。それでもファルシオンは玉座に座って、真っ直ぐ前を見つめていた。
 レオアリスは傍らのファルシオンの表情を気にしながら、アルジマールに向き直った。
「アルジマール院長、辿れないとは、どういう意味ですか」
「結界があるね。そこだけ僕の物見が効かない」
「結界――地域は」
「ボードヴィル周辺だよ。張られてるのがごく狭い範囲だから気付きにくかったけど、さっきヴェルナー中将から情報を貰ったから絞れた」
 レオアリスはぐっと拳を握り込んだ。
(ヴィルトール)
 彼等に近付ける。
 そこにイリヤもきっといる。
「多分張ったのはルシファーかな。壊そうか?」
 ベールが胸の前に組んでいた腕を解く。
「それが可能か」
「まあ、構成を読み解かなきゃいけないから、時間はかかるけど――そうだな、明日の朝までかければ可能だと思う」
「それでは遅い」
 ベールがそう断じ、スランザールが白く豊かな眉を寄せた。
「ルシファーの狙いは、陛下が西海にお入りになっている間であろう。ルシファーが何らかの行動を起こすとしたら、今日の間という事になろうな。その結界、どこまで機能するのじゃ」
「どこまでって、まだ読み解いてないし……うーん……」
 すぐにぽん、と言葉をつなぐ。
「まあ、普通に考えれば、対法術だよね。足取りを辿られるのとか、僕とか大将殿の伝令使みたいな物見で探られるのを遮断するのが目的かな」
「結界内への出入りは可能なのか」
 アルジマールはベールの問いに頷いた。
「そこは制限は掛けてないと思う。物理的な遮断は難しいんだ。一律に全部弾くなら話は別だけど、それじゃ見えない壁ができるからあっという間に噂になる。特定のものだけを弾こうとしたら、あれは通してこれは通さないって、いちいち細かい条件付与しなくちゃいけないからね」
(物理的制限が無いなら、中隊)
 アルジマールの言葉を聞きながら、思考がどうしても先へ行く。
(中隊でなくても、せめて小隊を……いや、駄目だ、そんなやり方じゃ)
 第一レオアリスは王都を動けない。
 逸る思考を抑え、レオアリスは拳を握り込み視線を斜めに落とした。
 大理石の床にちりばめられた模様から、求める一つの形を見いだそうとするように見据える。
 イリヤとヴィルトール達を、今すぐにでも取り戻したい。
 動ければ。
(俺が――)
 ベールがそこにいる全員を見渡した。
 視線を落としたレオアリスの上に、僅かな時間だが瞳が止まる。
「早急に手を打つべきだろう。ヒースウッド伯の尋問と並行して、救出の準備を整える。だがボードヴィルの関与はほぼ確定だ。場合によっては尋問の前にでも、対応が必要な事もあろう」
 スランザールは厳しい表情ながらも先を促した。
「ふむ――具体的にはどうされる」
「強襲ができる距離に隊を配置しておくのがいいだろう。アルジマールが転移陣を用意すれば、王都から直接、強襲の直前まで気付かれずに仕掛ける事が可能だ」
「それはまあ――僕は問題ないけど、でもなぁ」
 その場に躊躇い、思案する空気が流れる。アルジマールは彼等が躊躇う理由をするりと口にした。
「ボードヴィルへ強襲を仕掛ければ、その時点でこの状況は水面下から浮上する。陛下ご不在時の内部の混乱を、内外に声高に知らしめる事になるだろうね」
 そして失敗するか、もし、ボードヴィルが見当違いだった場合、それはファルシオンの失策になる。
「まあ大公は、それも想定に入れての判断だろうけど」
 その二つの問題点を踏まえて尚、踏み込む必要があると、ベールは考えている。
 その二つは回復が効くと。
「でも一番の問題は、踏み込んだ先にあると思う」
 アルジマールは被に隠れた顔を傾けた。
「大将殿は、殿下のお側から離せないでしょう」
 視線がレオアリスに集中する。
「ルシファー相手に小隊を当てるだけじゃ、確実に損害が出るからね。というよりもおそらくは損害しか出ない」
 ルシファーを捕らえるために国としての危険を冒し、なおかつ王太子の護衛を外すのか。
 その場に落ちる迷いを見渡し、ベールは議論を促すように、言葉を重ねた。
「私は今回の件は、そこまで大きいと考えている」
 それは重く沈んだ室内に、更に重く響いた。
 ルシファーへの対処、そして言外には、イリヤを――ルシファーがイリヤを王位継承者として担ぎ出す前に、彼を奪還する事が重要であると、ベールは示している。
(そうだ。しかし――大公は、もう一つの面をどう考えておられるんだ)
 レオアリスはグランスレイとロットバルトを見た。グランスレイは厳しい面持ちを返し、ロットバルトはファルシオンへ視線を動かした。二人の懸念が自分と同じものだろうと判る。
(一番の問題は、ルシファーがイリヤを抱えている事だ)
 それが何より恐い・・・・・・・・
「状況の推移をただ見守るには、この件は抱える問題が大きい。今判断をするのが肝要だろう、老公」
「――」
 スランザールは腕を組み、白い眉の下の双眸を宙に据えた。
「ルシファーの思惑が先行しておるな。ルシファーの真の狙い、殿下の御身でないとも言い切れん。殿下の守護を手薄にし、そこを突く事だとしたら、みすみすそれに乗る訳にはいかぬが」
「炎帝公には、お残り頂くべきだったか――」
 タウゼンが苦々しく口にする。
「陛下の守護は、」
 手薄にする訳にはいかないと、レオアリスはそう口に出しかけた言葉を止めた。
 それはファルシオンと計りにかけるような発言だ。
 再び考えあぐねるような沈黙が落ちる。
(恐らくルシファーにはまだ、王都を直接攻めるだけの兵力はない)
 ただ、問題は何よりも、イリヤだ。
(イリヤが、どんな状況にいるのか)
 それまでずっと黙って話を聞いていたファルシオンが、座っていた玉座から降りる。
 ファルシオンは自分に向けられた視線を一人一人見渡し、言葉に力を込めた。
「――私は、充分に守られている」
「殿下」
 全員の視線がファルシオンに集中する。
 ファルシオンは不安など感じ取れない声で続けた。
「それに王城ここには、父上の守りがある。それは皆も知っているだろう」
「しかし」
 レオアリスは口にしかけて、一旦押し留めた。
 ファルシオンが言ったとおり、王城は王が張り巡らせた複雑かつ精緻な防御陣によって守られている。
 王の防御陣は確かに、ルシファーすら破るのは至難の技だと思える。
(だが、今回は絶対じゃない)
 ルシファーの手の内には、イリヤが・・・・いるのだ。
 それこそが最大の懸念だった。
 イリヤなら、王の防御陣を抜けられる。
 以前西海の三の戟ビュルゲルは、防御陣を擦り抜けた。事後の調査では、王の血を引くイリヤが、謂わば触媒の役割を果たした為だろうと分析された。
 それを当然、当時のルシファーは知る事のできる立場にあった。
 イリヤを連れ去ったのがその為だとしたら。
 スランザールの指摘通り、充分ファルシオンを危険に晒す可能性がある。
 ぞくりと、背筋を戦慄が走った。
「殿下」
「今、いちばん大切なのは、何だろう、スランザール」
 真っ直ぐな黄金の瞳を受けたスランザールが、一度面を伏せる。
「事態を、最小の被害と混乱にとどめる事と存じます。何事も起こらぬ内に収めるのが、より望ましいと」
「私も、そう思う。たぶん、本当はいろいろな問題があるのだと思うけれど」
 ファルシオンは幼く、まだつたない言葉ながらも、光る眼差しで自分を取り囲む大人達を見回した。
「レオアリス。私は国王代理として、そなたにめいじる。アルジマールやタウゼン達と協力して――助けて欲しい」
 その中に、例えこの状況においても尚、イリヤの名を口にする事の叶わないファルシオンの想いも込められているのが判る。
「――」
 ファルシオンの想いに応えてファルシオンの傍を離れ、事態がこれ以上大きくなる前に動くべきか。
 あくまで傍に在って、ファルシオンの身を守る事を第一とするべきか。
 レオアリスは未だ迷ったまま片膝を着いた。
「殿下――」
 答えを求めて、ファルシオンの横に立つスランザールを見る。スランザールは白い眉の奥の瞳を、やや翳らせた。
「――王太子殿下のご下命通りであろう。そなたが先程言ったように、これを看過しては、気付いた時には火は足元まで燃え広かっているやもしれん。個としての戦力をより必要とするのはどちらか――ルシファーと直接相対する可能性の高い方は。それを考え、まず何よりも、ルシファーの思惑を砕かねばならん」
「――承知しました」
 レオアリスは膝に置いた指先に籠もる力に自分の迷いを感じながら、そう言った。
「そなたの不在の間は、トゥレスが殿下のお側に付けば良い」
 ふいにスランザールの口から出た名に、レオアリスは思わず身を固め、足元へ視線を落とした。
(トゥレス――)
 現在の体制で、スランザールがトゥレスをファルシオンの守護に当てようと考えるのは当然の話だ。
 しかし先日のロットバルトの指摘と、つい一刻前にセルファンが告げた言葉が甦る。
 二人から告げられた、トゥレスに対する不審。
(セルファンは何か確証があったのか。それとも疑念を感じる何かがあっただけか)
 レオアリスは完全には、トゥレスへの疑いを受け入れ切れていない。
 ただ、トゥレス同様セルファンへの信頼があり、何よりロットバルトは根拠もなくそうした推測を口にはしない。
 ファルシオンにトゥレスが付く事を、今否定すべきだろうか。
「レオアリス?」
 スランザールは視線を落としたままのレオアリスの名を、訝しむ響きを含めて呼んだ。ロットバルトが口を開く。
「恐れ入ります、スランザール公。大将不在の際は、迅速な連絡調整役として、私がファルシオン殿下のお側に控える事をお許し頂けますか」
「ふむ。それが良かろう」
 当然ながらスランザールの声には特に疑念はない。
 レオアリスは安堵と、それまでとはまた別種の懸念を溜めていた息と共に吐き出し、ロットバルトを見た。先日の襲撃の件が気がかりだが、ロットバルトが最も適任だ。
「――ヴェルナー中将。グランスレイともう一度、警護体制を見直してくれ」
 ロットバルトが敬礼を返す。
「もし、時間を貰えるなら、今の問題を軽減する方法が一つあるけど」
 しばらく黙って成り行きを見守っていたアルジマールが、普段と変わらない少し幼い響きの声でそう言い、進み出た。
「問題の軽減?」
「あんまり派手に表沙汰にしたくないって事と、殿下の警護の補強だろう?」
 目深に被った灰色の被きの下で、覗く瞳が緩やかに、宝玉のような七色の移ろいを見せる。
 その光はレオアリスに、知らず息を潜めさせた。
「僕の結界でルシファーの結界を丸ごと覆う。半球を被せるみたいにね。条件は三つ」
 すい、と腕を持ち上げ、アルジマールは右手の指を順番に三本、立てていく。
「準備に三刻要る。もう一つ、強制的に閉じるから、閉じた後は外からも入れない。そしてもう一つ、僕は完全に術に掛かり切って、他の事はできなくなる――まあ三番目はいいね。どうかな」
 スランザールは枯れた手で、胸の上に垂れた白い髭を撫でた。
「三刻。条約再締結の儀が始まる頃合いじゃの――。レオアリス、そなたはどうじゃ。結界を閉じればほぼ救援は無い。一人でルシファーに相対する事になるが」
「それで結構です。ただ、目標を救出した後、その二重結界の中での安全確保の対策が必要です」
「僕はさすがに無理だから、防御専門の術士を付けよう。そうだな――」
 アルジマールは一度首を傾げた。「法術院うちのよりボルドー辺りがいいだろうね。ほら、カトゥシュの黒竜の時、封術をやった術士だよ。実力も実戦経験も十分だろう。タウゼン殿、構わないかい」
 ボルドーは正規軍の法術士団に所属する中将だ。タウゼンが了承の意を表して頷く。
 議論が決したのを見計らい、スランザールは一同を見渡し、玉座に座るファルシオンへと向き直った。
「ファルシオン殿下――、ご裁可を」
 ファルシオンは黄金の瞳に緊張と、決意を浮かべた。
「国王代理として、ハインツ夫妻の救出を命じる」
 スランザールを始め、全員が膝をつき、ファルシオンへと頭を伏せた






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