『団らんの昼食』
「はい、どうぞ、上将」
正午の鐘が午前の仕事の終わりを報せる。
鐘が鳴り終わる辺りでレオアリスの執務机の上に置かれたのは、葡萄の蔓で編んだ四角いかごだった。置いたフレイザーが机の向こうで腰に手を当てる。
「今朝も遠駆けをされてたみたいですから、朝をしっかり食べてないでしょう。駄目ですよ、時間が惜しいのは判りますけど朝食を林檎一つとかで済ませたら。育ち盛りなんですから。あと四半刻早く起きればいいんじゃないですか?」
どうやら色々バレている。
「努力する」
そう、明日はもっと早く起きようと決意するのは毎回のことで、できると毎回思う。けれど、まあ大抵はご覧の通りだ。
レオアリスはかごを手に取り、蓋を開けた。
「うわぁ」
中に詰められているのは、ガレッタという蕎麦粉を溶いて薄く焼いたもので瑞々しいチシャや玉葱、塩漬け肉、チーズなどを包み、それらが布を敷いたかごの中に見栄え良く盛り付けられている。
付け合わせに人参の千切り酢漬けが彩りを添え、果物は赤く艶やかな苺や瑞々しい断面を覗かせている蜜柑、それから蜂蜜漬けの林檎。
とても美味しそうだ。
「これフレイザーが作ったのか?」
周囲で「えっ」と声が上がった。フレイザーが声の主のクライフとヴィルトールをジロリと睨む。
「何かしら」
「いいや、とても美味しそうだね」
ヴィルトールはそつなく微笑んだが、クライフは、あっ、と頷いた。
「焼いて包むだけだしな!」
「……何かしら……」
殺気に満ちた視線を浴びてクライフが青褪めた。ヴィルトールが「おバカだなぁ」と肩をすくめる。
「これ、俺が貰っちゃっていいの?」
「ええ、上将にと思って持って来たんです。お昼はいつも食堂でしょう。たまにはいいと思って。どうぞ召し上がってください」
レオアリスは瞳を輝かせた。
「ありがとう、いただきます!」
レオアリスはかごを手に、執務室に置かれた長椅子に移動すると、早速一つを手に取った。
嬉しそうに瞳を細めてレオアリスの様子を眺めるフレイザーの側に、お腹を空かせたクライフがつつつ、と近寄った。
「俺の、いや、皆の分があったりなんかして……」
「えっ」
フレイザーはさっと頬を赤らめた。
「あの、……あるわ」
「えっ」
今度はクライフの目がきらきらと輝く。
フレイザーはもう一つ、大きめのかごを持ち上げ、嬉々として手を伸ばしかけたクライフに気付かず、まだ執務机に向かっているグランスレイに遠慮がちな声を掛けた。
「あの……、その、ついたくさん作っちゃったので、ふ、ふ、副将もいかがですか?」
がっくりと項垂れたクライフを他所に、ヴィルトールは自分の愛妻弁当を持ってレオアリスの向かいに座った。
「食堂も悪くないですが、こうやって食べるのもいいですねぇ」
「昼くらいだもんな、全員揃って食べるの」
「ですね。ああ、何か飲み物でも」
「どうぞ」
二人の間の卓に差し出されたのは、紅茶の注がれた繊細な磁器の器だ。窓から差し込む光を受けて、器の底の模様が透き通って揺れる。
差し出したのはロットバルトで、そのままレオアリスの右斜め前の長椅子に腰を降ろした。
「ありがとう。ロットバルトが淹れてくれる紅茶って美味いよな」
「いやぁ、私は未だにロットバルトが自分で紅茶を淹れてる図が想像付きませんよ」
「官舎では人手がない時もありますからね。特に夜中は」
「結構いつも二刻か三刻くらいまで起きてるだろ。早く寝ろよ」
レオアリスの官舎の隣がロットバルトの官舎で、時折夜中まで窓に灯りが灯っているのを目にすることもあった。
「それに気付いてる上将も早く寝てくださいね。夜更かしは良くないですよ。早めに寝れば朝すんなり起きられます」
ヴィルトールは兄か父のようにそう言って、紅茶の器を手に取り、一口飲む。
「――茶葉が、恐ろしいほどいいよね……」
ただ、茶葉を生かして美味しい紅茶を淹れるのはコツが要る。とことん突き詰める性格だなぁ、とヴィルトールは口元に笑みを忍ばせた。
レオアリスが右隣を見る。
「お前、紅茶だけ?」
ロットバルトの手にしているのは書類だ。いつもロットバルトは余り昼食を取っていないのだが、自分の前にとても美味しい昼食があるので、もったいなくて差し出した。
「フレイザーの作ってくれたの、美味いぜ」
「何だ何だ〜! 昼メシ時に書類はやめようぜ〜!」
ロットバルトの書類をひょいと奪ったのはクライフで、嬉しそうに抱えていたかごを卓の真ん中に置いた。
「副将、フレイザーも、座って座って」
自分はヴィルトールの隣に座り、「狭いよ」と言われるのも意に介さず、「あ、上将すんません、ロットバルトの隣に詰めてください」とレオアリスを動かし、空いた長椅子をグランスレイとフレイザーに示した。
「はい二人とも、そこ、早く座って」
眺めていたヴィルトールがうっと目頭を押さえる。「健気……」
「副将、どうっすか、フレイザーの弁当美味いですか」
「ああ、とても美味しい」
「良かった……」
フレイザーが真っ赤になった頬を押さえる。
滲む涙が止められないヴィルトールの脇腹をクライフが肘でどついた。
とても美味しかった食事を終え、レオアリスはもう一杯淹れてもらった紅茶の器を手にして、長椅子の背もたれに寄りかかった。
こうして六人で昼食を取るのは楽しい。
「本当に美味しかった。フレイザーに感謝だな」
「そう言っていただけると嬉しいですわ。また持ってきますね」
「私の妻の弁当もすごく美味しいですよ」
「そこ、張り合うな」
「今度俺も作ってこようかな」
そう言いながら窓の外を見て一つ、レオアリスは心残りを発見した。
「これだけ天気がいいと外で食べても良かったかも」
日差しが注ぐ中庭とかに卓を出して昼食を取ったら、ますます楽しそうだ。
外ならハヤテもいられるし、とか思う。
「あら、じゃあ明日は外で食べましょうか。皆で持ち寄るのもいいですね」
フレイザーは空になった二つのかごを片付けながら、にっこりと微笑んだ。
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