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王の剣士 七

『空位』
(一)


 かぁん、と高い音を鳴らし、正午を告げる時計台の鐘が揺れる。
 王都中層、緩やかな傾斜のかかる大通りを行き来する人々が、耳の奥を刺す音に一瞬はっと顔を上げ、だがすぐに俯いて足元を見つめて歩き続けていく。
 まるで他の事など気にしている余裕は無いと、一様に丸められた背がそう告げているようだ。
 屋根の間から棟屋を覗かせる時計台は独り、遠い秋の空に十二の鐘の音を響かせると、余韻を引いて沈黙した。再び静まった街は、どことなく息を詰めるような空気すら漂わせる。
 通りには多くの人が出ているにも関わらず、どこか閑散とした印象だった。雑然としながら、道行く人々には活気がない。
 王城までほぼ真っ直ぐに伸びる大通りに立つ露店も、以前は朝から午後の一刻にかけて我先に競い合い犇めいていたが、今は遠慮がちに軒を並べ、所々そこだけ無理やり引っこ抜いたかのように疎らな空間が目立った。
 王都で一番の大通りであるこの通りは、やはり以前はひっきりなしに商隊の荷馬車を始め、乗合馬車や貴族達の優美な馬車などが数多く行き交っていた。それも今は半分以下に減り、たまに轍の音を聞く程度だ。特に数台で連なっていた商隊が目に見えて減った。
 街には半年前の破壊の爪痕が、未だあちこちに残っていた。
 通りの隅には外壁から剥落した煉瓦や石材が片付けも半ばに押しやられ、時折焼けて煤を纏ったままの建物すらある。鎧戸を閉めたままの店。通りに立ち並ぶ建物、街全体が同じ様相で低く垂れ込める曇天の下、ひっそりと横たわっていた。
 以前の王都を知る者が久々に訪れてこの様子を目にしたら、まるで違う街に来たように感じられただろう。
 まず感じるのは街の空気の変化、そして治安の悪化だ。この中層はまだ治安が保たれている方だが、下層では街壁に近い区域で犯罪が増加し、正規軍はそれらの対応にも手を焼いていた。
 そして何より違うのは、以前は来訪者を拒む事無く開かれていた王都の街門が、今は固く閉ざされ、門に詰める正規軍兵士が出入りに厳しい監視の目を光らせている事だった。
 アル・ディ・シウム――『美しき花弁』と呼ばれたこの街は、ゆっくりとその花びらを散らしていくように思えた。
 王都が変わって、半年。
 王の長い治世により安泰と繁栄を誇っていた国土も、このたった半年の間に大きく変わった。
 王都だけではなく国全体の治安が乱れ、それまで交易が盛んだった街道沿いには野盗がはびこって毎日のように商隊をを襲い、警護団を雇わなければ商隊や、時には旅人の行き来すら難しいほどだ。
 加えてどこからともなく溢れた獣や魔物が家畜や人や、街を襲う。
 街と街は寸断され、人々は街壁の中に閉じこもるような暮らしを強いられていた。
 特に西方地域は荒れ、反旗を翻した正規軍西方軍との睨み合いがこの半年ずっと続いている。
 正規軍は常に新兵を募集し続け、当初は立身出世を夢見て詰め掛けた男達も、各地の状況や休む間もなく駆り出される現場の厳しさに次第に意気を失って行き、今軍の門を叩くのはよほど腕に自信のある者か食い詰めた者ばかりになっていた。
 ふいに喇叭の音が重い大気を裂いて鳴り渡る。
 大通りを歩いていた人々は慌てて歩道に寄った。
 喇叭は一定の間隔で音を吹き鳴らしながら、坂の上、上層の方からどんどん近付いてくる。馬の蹄の音が続き、次第に轟き始めた。
 すぐに大通りの先を埋めるように、一団の先頭の馬が見えた。三列に隊列を組んで連なっている。
 軍馬だ。
 藍地に炎を揺らした紋章を描く正規軍の旗が向かい風に靡く。
 栗毛や黒鹿毛の馬達は彼等も革鎧を付けられ、馬に跨る正規軍の兵士達も同じく革と編んだ鎖で作られた鎧でほぼ全身を覆っている。
「道を開けろ! どけ!」
 先頭の兵士がまだ道に残っている住民に大声で呼ばわり先払いをしながら、正規軍の一団――百名、ほぼ一個小隊の軍馬の隊列は街門を目指して次々と通りを駆け抜けていった。
 地鳴りのような蹄の音が遠ざかった後に、細かな埃が薄い陽射しの中を舞い上がる。
 一呼吸を置き、歩道に立ち止まっていた人々は、重い息を吐いておずおずと通りへと戻り始めた。
 先ほどまで年配の男と二人、黙って歩道を歩いていた二十台の若い男が、一度軍馬の去った方向へ視線を投げる。
「――多かったね。小隊だったんじゃないか? まさか、西海軍との戦いが激しくなったんじゃ」
 兵士の数が限られているこの頃で、一個小隊を動員するのはかなり珍しい。傍らの五十がらみの男も頷いた。二人とも王都の住民で、中層に近い区域で店を営んでいる。年配の方は父親だ。
「いや……あれだけ急いで出てったんだ、多分王都近辺だろう。野盗か、獣か……」
 ただ声にはそうであって欲しいという願望が強かった。息子もその願望につられて頷く。
「でも近辺だって言っても、小隊が出るならでかい魔物かもしれないな。ここんところ無かったからほっとしてたのに、勘弁して欲しいよ」
 そう言って彼は後方へ首を巡らせた。
「戻って来れるかな」
 息子の言葉を父親は素早く否定した。「戻るだろう。事態が重いならさすがに行商自粛の触れが出る。街門も出入りはできてるんだ、心配ない」
 二人はまたしばらく黙って坂を登り続けていたが、三叉路に差し掛かると、前方に気付いて息子の方が足を止めた。
 三角に突き出した建物の角に立て札が立っている。正規軍募集の貼り紙が出ていた。張り出されてから数ヶ月経つせいで、紙の端はあちこち破れ、字も半ば擦れている。
 息子はうんざりしたように溜息を吐いた。
「こんなもの……状況が好転しないんだから、まともな奴は誰も軍に入りたがる訳がないよ」
「――」
 父親は目を動かし、少し怒った口調で言う息子の様子だけを眺めた。
「こんな募集をする前に、殿下がお怒りを解けばいいんだ」
「止めなさい」
 父親は素早く口を挟んだが、息子は口を閉ざす事無く視線を上げる。視線は連なる屋根の向こうに聳える王城の尖塔を捕らえた。
「西方だって、ずっと制圧できないでいるじゃないか。イスがあって、だからあの辺は普通の軍じゃどうにもなんないって――」
「噂だろう。王城がそう言ってる訳じゃない」
「隠したってどうにかしなきゃいけないのは事実だ」
 きっぱりと言って父親を睨む。
「本当にどうにかしなきゃならないって思ってるなら、彼の幽閉を解けばいいんじゃないか」



 アスタロトは執務室の扉を閉ざし、彼女を追い掛ける部下達の視線から逃れて溜息を吐いた。そっと吐いたはずのそれが自分でも思いのほか響いたように思え、辺りへ視線を配る。
 ゆっくり秋が深まっていく十月半ば、冷えた廊下には少し先に近衛師団隊士が間隔をあけて二人、立っているが、他には誰の姿も見当たらなかった。建物そのものがひっそりと息を潜めているようだ。
 南に面して並ぶ窓から、曇天の弱い光が漸く、長い廊下を薄暗く染めていた。それでも窓はなんだか眩しい。
 深紅の瞳を細め、窓の外に視線を投げる。
 先ほど自分が裁可し送り出した南方軍一個小隊は、もう王都を出た頃だろうか。王城からその姿は見えるはずも無い。
 南の基幹街道沿いの街を、十数頭の大型の魔獣の群れが襲った。街門を閉じて立てこもり防衛しているものの被害が相当数出ていて、街から伝令使で救援の要請があった。
 たった今王都を出たばかり、目的地の街は馬で約半日かかる距離にある。街は軍の到着までつと見られているが、それでも報告を聞くまでは落ち着けない。
 当初は王都を守る為の第一大隊から隊を割く事を危惧する意見もあった。王都の配備が薄くなる事への危惧はアスタロトにもある。今でさえ、街の治安維持にも苦慮している。
 かといって他の大隊もそれぞれの管轄の対応に追われ、戦力に余裕が無いのが現状だ。
 ほとんど毎日のように、どこかの街や街道での任務や戦況の報告がアスタロトのもとに上げられて来る。野盗の討伐、獣や魔物の駆除、それから西方の監視。西海軍だけではなく、今や西方軍とも敵味方に分かれ、睨み合っている状況だ。
 北方、東方、南方合わせても兵数は、充分と言うには程遠い。
「――私が、こんなところに居たって」
 もどかしい。
 でも、今の自分に何ができるというのか。
 自問にぎゅっと唇を噛み締めて、アスタロトは廊下を歩き出した。高く結わえた漆黒の髪が背中で踊る。
 長い廊下には近衛師団の隊士が定間隔で立っている。半年前は王城内の警備は限られた場所だけだったが、今は全ての階の廊下に隊士達が常に交代で詰めていた。
 だから否応なしにその姿が視界に入る事になる。彼等の視線が背中を追ってくる気がして息苦しかった。
 彼等はどう思っているのだろう。
 何度もそれを問いかけたくて――、問いかける事はできなかった。その勇気が無い。
「――」
 ファルシオンへの謁見に向かう為、廊下を歩き王城を縦に繋ぐ南の大階段に差し掛かった時、ちょうど階段を上がってきた青年を眼にしてアスタロトは足を止めた。
 ゆっくり息を吐き出す。
「……ヴェルナー、侯爵」
 声を掛けられて階段の上を見上げ、そこに立つアスタロトの姿を認めるとヴェルナーは階段の途中で一礼した。
 向けられる氷を思わせる蒼い瞳と整った面からは、内心はまるで覗けない。
 印象が違う、といつも思う。
 あの場所に立っていた頃とは。
 こんなに冷たい印象だっただろうか。まるで全てが始まる前に戻ってしまったかのようだ。
 初めから何も変わっていなかったかのように。
 それがいつも、思い起こさせる。
(私が――)
 ヴェルナー、――ロットバルトは残りの段を登ってアスタロトの近くに立つと、改めて一礼してから視線を合わせた。
「先ほど南軍の小隊を動かされたと聞きしましたが、緊急事態が?」
「魔獣の駆除に出した。結構数がいる、けど、小隊なら足りるだろう」
「魔獣か……それも厄介ですね」
 おそらくは別件での対応を予想していたのだろう、ロットバルトは頷いて、ただ眉を顰めた。
 彼等の棲息地は通常人の立ち入らない深い森や山中に限られ、半年前までは滅多な事では人里では見なかった。魔獣と呼ばれるものだけではなく獣にしろ、こうも頻繁に、そして集団で街を襲う事は、以前は無かった。種によっては最後の一匹を駆除し終えるまで切りが無く、毎回街や軍に相当数の被害が出ていた。
 半年前の四月の、西海との条約再締結の儀式――それを境に次第に増え始め、未だに収まる気配を見せない。
 原因は判っていた。そして判っていてもどうしようもない。
 あの日、王城を覆っていた結界だけではなく、国土に行き渡り保たれていた均衡も崩れたのだ。
 王立法術院の院長、歴代の院長の中でも特に深い知識と高い能力を有するといわれるアルジマールでさえ、対処のしようが無いとはっきり言った。
 坂道を転がるように、様々な事が変わっていく。
(まだ六ヶ月――)
 その間にアスタロトの周りも大きく変わった。
 正規軍の将軍達の顔ぶれ、何より西方軍は今、ほぼアスタロトの手に無い。
 近衛師団は総将代理としてグランスレイが指揮を執っている。第二大隊は忌まれて実編成は無く、元の隊士達は第一、第三大隊にそれぞれ再編成されていた。
 ロットバルトは近衛師団を退団し、父である前侯爵の跡を継いだ。
 あの時どこもかしこも混乱し、錯綜し、その中でヴェルナー侯爵家も例外では無かった。前当主と後継者の相次ぐ死による内部の混乱を整えるのに、ロットバルトはしばらく掛かりきりになっていた。
 近衛師団を退団せざるを得なかった直接の原因――、そして、もう一つの、全ての要因――。
 それをどう思っているのか、表情からはその心の中は読み取れない。
 でも、本当はアスタロトを責めているのではないか。口には出さなくても。
 彼だけではなく、グランスレイや、クライフやヴィルトールやフレイザー。
 ファルシオンは。

 それから


 風が耳元でくすりと笑った。


 ――だって、あなたが望んだんじゃない。


「ファー……」
 微かな呻きに似た呟きはロットバルトの耳までは届かず、ロットバルトは訝しそうに眉を顰めた。
「公?」
「――」
 王城の大階段。
 今は薄暗く、階段を下がった踊り場に、密やかな淡い光がある。
「どうかされましたか」
「……何でも、ない」
 アスタロトは首を振ってその声を追い払った。
 ――のせいだ。
「それで、頼んでた件だけど……増員の」
 ロットバルトは改めて居住まいを正してアスタロトと向き合った。
「正式には財務院からこの後の殿下への謁見時にご報告しますが、結論から申し上げれば、各地方都市から徴兵しての増員は厳しい現状にあります。当面は現在の保有戦力で対応していただくしかありません。ファルシオン殿下のご判断にはなりますが、これは地政、内務での一致した見解です」
「けど、今のままじゃ手が足りないんだ。どの大隊もあちこち戦力を持ってかれて、緊急時の対応が後手に回ってる」
「今の状況で街への負担は避けたい。彼等も疲弊しています」
 ロットバルトの言っている事は理解できたが、アスタロトは言葉を継いだ。
「でも手っ取り早い。言い方は悪いけど、それなりに訓練されてる兵が今は必要だ」
「確かに一般からの募集で満足に人員を得られていない中では、各都市の警備隊員を徴兵する手が一番効率的とは思います。しかしそれを考慮に入れて検討しても、現在のこの状況で街の警備の手を薄くする事の危惧の方が大きい。各都市にはその体力がありません」
「――」
 アスタロトは溜息を吐いた。
 課題は多く、解決はしていかない。
「正規軍の数が少なすぎるんだ。定員いたって足りない」
「――仕方ありません。そもそも現在の軍の員数は、前提に戦乱も無く長期の安定政権があった為です。国土の規模に比してだけ考えれば充分とは言えないが、それで足りる。――足りた、が正しいか」
 アスタロトの咎めるような視線を受けても、ロットバルトはそれに感情を返す訳でもない。
 正規軍の総数は一大隊三千名の一方面七大隊二万一千名。四方面で約八万四千名だ。国や国土の規模に比べ、少ない。常に戦乱の危機に晒されている他国に比較すれば、通常この三倍の軍を持っていてもおかしくはなかった。
 長期に亘る平穏下では充分。
 ただ、今の実数はそれですらない。
「しかし街から員数だけは徴兵できたとしても、充分な訓練をしている時間的余裕も無い現状では、必要な水準で組織的に機能させる事は難しいでしょう。兵数だけ増強しても統率が取れなければ意味を成さない。あまりそこをお気になさらない事です。まずは我々中央が足元を固めなければ話にならない」
「――」
 西方公ルシファーの離反後、ヴェルナーが財務院を担っている。それに加え、東方公はファルシオンの意に従う事を良とせず、今は地政院がほとんどその機能を停止した状態だった。そしてその東方公に付く貴族や官吏達も少なくない。
 もう既に四大公爵家が王政を支える仕組みが崩壊しているのだ。
 今は辛うじて残っている以前の仕組みの名残を、何とか動かしていくのがやっと――
 情けないと思う。
 玉座に座す存在が無いだけで、国とはこれほど弱いものなのか。
 けれどその原因を作ったのは自分だと、そう思っていた。
 固い床に視線を落とす。
 その下の――。
 尋ねるつもりなど無かったのに、口から滑り出た。
「――いつ、戻ってくるの」
 ロットバルトは既に階段を登って行くところで、足を止めて振り返った。
 一瞬、その瞳に感情が覗いたように思えたが、それはアスタロトの期待故だったかもしれない。返ってきたロットバルトの言葉は大して感慨もない、通り一辺倒のものだ。
「殿下がそれをお認めになったらでしょう」
 たまらなくなってアスタロトは声を荒げた。
「そんなの……いつか判んないよ!」
 廊下の近衛師団隊士が驚いて視線を上げたのが分かる。ロットバルトはじっとアスタロトの瞳を見つめた。
我々がその話をするのは筋違いですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・。貴方が心を痛めるのは判りますが――どうしようもない」
 やんわりとそう告げると、ロットバルトはそれ以上は返さずアスタロトに背を向けて階段を登っていく。
「そうじゃない……」
 自分がどうとかじゃあない。そんなのはどうでもいい。
「――何で、責めないんだ」
 その問い掛けは届かなかったのかもしれない。ロットバルトは振り向かなかった。
 アスタロトは唇を噛み締めた。
 自分のせいなのだ。
 いっそ責めてくれれば、その方がどれだけ楽なのだろう。
 ファルシオンでさえアスタロトを責めない。
 あの時のレオアリスも。
「何で怒んないのか、判んないよ……」
 アスタロトはぎゅっと両手を握り締め、小さくそう呟いた。




 息子の言葉に、父親は顔を強張らせ彼の肩を乱暴に引いた。
「しっ! そういう事をこんな往来で口にするな」鋭く言って辺りをさっと見回す。
「そうは言ったって、皆言ってるよ。正規軍の奴等だってそう思ってる。近衛師団に聞かれなきゃ咎められない、構うもんか」
「聞かれなきゃいいって問題じゃないんだ、馬鹿者」
「聞かれたっていいんじゃないか」
「何を」
「だってそうじゃないか。殿下がただお怒りを解いてくだされば――、彼が赦免されて出てくれば、戦況が違って来るはずだ。正規軍が毎日入隊希望者を募るよりずっといい。このままじゃいつか強制的に徴兵されるようになるんだ」
「もう止めなさい」 息子を嗜めながら父親は声を低くした。「第一、彼が出れたとしてもそう簡単じゃない。一人でこの国土全部、どうにかできると思うか? ――どうしようもない。西の、レガージュの剣士だって自分の街一つで精一杯だっていう話だ」
「彼は違うだろ。剣士の中でも――だから半年前、西海が」
「この話はもういい、上の方でちゃんと考える。お前は家の商売の事をしっかり考えるんだ。その方が俺達にはよっぽど重要なんだ、生きていく事が」
「考えてないのは父さんの方だ。物が入って来ない原因を取り除かなきゃ意味が無い。今のままじゃ西方に行く商隊なんていないよ。うちが扱ってたレガージュからの交易品だって、ほとんど入って来ないから仕入れ値もバカ高くなったままじゃないか。他の地方だって似たり寄ったりだ」
「――」
 父親が憮然と黙り込んだのを見て、息子は言い過ぎた事に気付いて声を落とした。
「でも、本当にこのまま、どうなるんだ……本来始まるはずの収穫祭だって、ぜんぜん準備もできてない」
 父親は家々の窓を見回した。
 どこもほとんど閉ざされ、しんと押し黙っている。
「去年は人で歩けないくらい賑わってて、こんな、店を離れてなんていられなかったよな」
「ああ――、去年は忙しかったなぁ」
「あれだけ華やかだったのに……何でこんなに変わっちゃったんだ」
 それは現状の象徴のように思えた。
 秋の収穫祭は各地から集まってきた農産物が街の至る所に並び、商人達が競うように売買し、王都全体が潤った。街全体が人々の笑顔や活気で満ちる季節だ。
 今、街道を移動するだけでも危険が大きい中で商人達は遠方へ出向いての商売を避け、この時期だというのに王都へ運ばれてくる品々は数える程度だった。人はなおさら――。
 全てのきっかけとなった西海との条約再締結の儀式から、半年が経過しようとしていた。
 そしてこの半年間――
 玉座は空位のままだった。





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