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第3章 旅の仲間

3 鍛治工房の仲間達を紹介するぜ

 

 セレスティはヴァースのことをすんなり受け止めてくれた。
 驚きはしたが、頭での理解と納得が早いのだ。
 そしてその上で、ラウルの今ある剣のうち、いずれかを使わせて欲しいと、そうも言ってくれた。
(何ていい人なんだ。ヴァースが喋ったのを見てもまだそう言ってくれるだなんて)
 こんな人物はもう二度と現れないかもしれない。
(それに)
 先ほどはあれで終わり、どの剣を選ぶかをまだ決めていないのだが、どうやらリトスリトスがセレスティに一目惚れしているようだ、とヴァースがこっそり教えてくれた。
(えっと。どういうことかな)
 一目惚れ。
 さらりと出てくる単語なのだろうか、剣から。
(まあそもそも普通の剣は喋らないけど)
 とは言えこの剣が貴方に一目惚れしてるからこの剣を使ってください。
 とはさすがに伝え難い。
 ラウルは今ある剣達を見比べて考えたのち、今回きりふり山に行くのにどれを使ってもらってもいいことと、きりふり山から戻ったらセレスティのために新しい剣を打つことを約束した。


「改めて、私のことはどうぞセレスティと呼んでください。オーランド殿」
 鍛治小屋から居間に戻り、暖炉の前の椅子に座って再び向かい合う。
「あ、では俺、私のことも、ラウルと呼んで頂ければ」
「ありがとうございます、ラウル殿」
 慌てて手を振る。
「殿はいらないです。ラウルで」
「ならば私も、セレスティと、そのままで」
 呼び捨てでいいと、そう言った。
「それは、伯爵家の方を……」
 ラウルの子爵家とは格が違う。
「申し上げたように貧乏貴族の、私は四男ですし何より若輩者ですので、お構いなく」
「そんな」
 これは。
 これは、友達になる流れでは?
 きりふり山の冒険を通じて固い友情で結ばれる話では。
 なんだか嬉しい。
「とはいえ――」
 歳上かもしれない相手をやはり呼び捨てでは、と言おうとして、失礼に当たらないよう先に確認しておくことにした。『何より若輩者』と、そう言っていたような。
「あの、セレスティ殿――じゃなくてセレスティ、貴方の歳をお聞きしても?」
「はい」
 面映(おもはゆ)そうに、セレスティは微笑んだ。
「来月、二十歳になります」

 まじかー。
 歳下かー。
 いやいや、歳上か歳下かなんて関係ない。セレスティはいい人だし。
 まじかー。
 歳下かー。
 まじかー。
「ラウル?」
「はっ」
 ちょっと混乱していた。
「いえ、思ったよりお若いんですね」
 頬が引き攣っていなかったか気になったが、セレスティはまた気恥ずかしそうに
「この外見は有難いのです。ハッタリというものが効きますので」
 と微笑んだ。
「ただ、剣については幼少より鍛錬を積んで参りました。そこは信頼していただければ」
「それは、もう」
(俺、年下より役に立たないかもしれない)
『だからご主人ー、ご主人も剣の腕を磨けよー』
「心を読むのやめてくれる?」


 セレスティはしばらくラウルの小屋に滞在しながら、きりふり山に行くには準備を整えることになった。
 武具や防具、防寒具などの装備、食料、飲料。きりふり山の山頂まで行ったとして単純計算では丸二日。道に迷った時を考えて最低三日分は用意したい。
 その日の午後からラウル達はそれぞれ、きりふり山登頂の準備に取り掛かった。
 山頂に棲むだろう、きりふり山の主――竜。
 険しい山道と、まだ残る雪、中腹の霧。
 霧の中から襲いかかってくるかもしれない、獣や魔獣。その息遣いを思い浮かべると背筋が泡立つ。
 これはラウルの人生できっと、二度もあるかないかの冒険だ。
 ただ一番の問題は、竜がいるかもしれない山に登るにあたっての人員がまだ揃っていないことだった。
 例えセレスティが王都を目指すほどの剣の腕を持っていたとしても、二人だけでは心許ない。
(特に俺がほとんど役に立たないし)
 それはセレスティも同様のようで、ラウルの元を訪れた翌日、ボードガード竜舎へ相談に行った。
 帰りには荷馬車を雇い、携行食とラウル用にと革鎧を、それからオルビーィスのために食料を買ってきてくれたので、オルビーィスはしばらく嬉しそうにセレスティの周りをうろついていた。
 ついでに言えばセレスティは料理の腕もかなりのもので、挨拶代わりにと次々美味そうな料理を作り上げていくセレスティの周りを、ラウルもオルビーィスと一緒になってうろついた。



 翌日。
 ラウルは朝から緊張していた。
 井戸から汲み上げた冷たい水で顔を洗い、冷えた朝の空気に濡れたままの頬をさらす。
 それから両手で挟むように頬を叩いた。
「――よし」
 心を決めたのだ。
 今ある剣達の中から、セレスティに今日、朝食後、選んでもらう。
 そして旅が終わったら、改めて新しい剣を打とう。
 なるべく寡黙な鋼を選び、実直な、セレスティの人柄に相応しい剣になるよう願いを込めて。
 セレスティはラウルの提案を喜んでくれた。


 という訳で朝食後、ラウルとオルビーィスとセレスティは再び鍛冶小屋に立った。
 昨日は誤魔化してしまったが、全部しっかりと洗いざらい説明するつもりだ。
「どのような特徴を持つ剣なのか、それぞれご説明させて頂きます」
 とまず告げる。
 セレスティは本当に好青年で、昨日も剣達が風変わりなことやオルビーィスのことも、ラウルの話を呆れることなく受け止めてくれていた。
 とは言えこの素っ頓狂な剣達を何の考えもなく紹介したら、ちょっと引かれるかもしれない。
(まずは――)
 やはりヴァースだろう。
「私は素材の声が聞こえる質なんです」
 と言い出したラウルのことも、セレスティは生真面目な面持ちで見つめてくる。
「鋼達が色々と主張をするんですが、それを聞きながら打っているとつい」
『ついじゃねーだろー。おれ様の誕生は必然だー』
「このような剣が打ち上がる訳ですが、いずれもちょっと癖はありますがそれ以外はフツウで、あとは使用方法といいますか」
『ご主人の剣は名剣揃いだぞー。中でもおれ様が一番だけどなー。他の奴らはくせ者ばっかだなー』
「ヴァース。ちょっとだけ静かにしていてくれるかな」
 ややこしい。
「とても興味深い。他の剣がどのようなものか、楽しみですね」
 セレスティは微笑んでいる。
(いい人……)
「では、」
 ともう一度咳払いし、ラウルは次に壁に立てかけた大剣を示した。
「昨日ご覧になったこれは、鋒から柄尻まで六尺(約180cm)ありますが、というのも打っている間ずっと『大きくなりたい』と熱望しておりまして」
 気が付いたら振り回せないほど大きく重い剣になっていました。
「シュディアールといいます」
「鋼鉄という意味ですか。本当に素晴らしい……」
 まだ未練があるのか、セレスティは熱のこもった眼差しで大剣を見つめている。
(何だか男の子みたいだなぁ)
 とラウルは微笑ましくなった。
 が。
 シュディアールを使おうというのは普通に無理なので諦めてもらう。
「えー、次は、打っている間『無骨なのは嫌だ』とずっと言っていた、この剣です。スキアーという名前です」
 とても薄い刃をしているが、打ち上げた時に手を滑らせて足元に落とし、側にあった作業台を真っ二つに絶ってしまったほど鋭い。
「影を切ったら本体を切っちゃった、みたいなー感じでしてー」
 ちょっとカッコ良さげなことを言えただろうか。
「ふうむ、確かに。見るからに切れ味がよさそうです」
 セレスティは感心しきりだ。
(う、嬉しい――)
 弟の苦笑していた顔が思い浮かぶ。
(エーリック、にいちゃん、認められてるぞ―― !)
 次の、四本目、行っちゃうかな。
 ふふっ。
「この剣はレペルトゥス。とにかく『普通なのを嫌』がって。まあ何が普通か、俺もちょっともうよくわからないんですが」
 唯一、直剣ではなく『く』の時に曲がった姿をしている。
 切れ味はそれほど特筆すべきところはないが、軽いので投げて使うといい、だろうか。
「副装備にいいかもしれません」
「そうですね。使うには訓練が必要そうですが」
「はい。今回はちょっと無理ですかね。それで、五本目のこの剣は、オリゴロゴスです」
「オリゴロゴス? 珍しい名前ですが、どのような意味が」
「凄い無口らしくて、ヴァースが」
『まんま無口って意味だよー。おれ様がつけてやった!』
 見た目は非常に一般的な片手剣だ。
 そのくせ片手では扱えないほど重い。さすがにシュディアールほどではないが。
 ラウルにもこの剣は一番掴めていない。
「次に、これがフルゴルと言って。光ります」
「光る」
「敵の目眩しにとてもいいです。混戦時とか、すごく」
 実体験です。
 フルゴルがじわじわと光り出した。
 選んで欲しいようだ。
「なるほど。眩しい」
 喜びの気配を感じる。
 セレスティが真剣に聞いてくれているのが心苦しい。
 煌々と光すぎる前に次に行こう。
「次は、えーと」
 セレスティの視線がその隣の剣に移ると、それはガタガタと身を揺らし始めた。
(おぅ、落ち着けー)
「動いている。この剣もヴァースのように?」
「ではないと思いますが、今までそういうことはないので――」
 持った感じは特に重いとも軽いとも、どちらでもないのだが。
「ええと、彼女は、リトスリトス、です」
 打っている間ずっと『私を見て見て。美人に打って』と言い続けていた。
 ちょっとでも気を抜こうものなら非常に怒られた。
(セレスティのことを好きだと言っているのは、この際黙っておこう)
 まあ本当に見惚れるほど美しい姿形をした剣ではある。
「彼女――この剣は女性なのですね」
 セレスティが腕を組む。
「確かに、とても美しい剣です。惚れ惚れするほどに」
 カタカタ。
(照れてる……)
「ただ私にはやや、細すぎるかもしれません」
 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガ
「リトスリトス!」
 ラウルは腕を伸ばしてリトスリトスの柄を押さえた。
「静かにしよう。ねっ?」
「申し訳ない、私が失礼な発言を――」
 心底申し訳なさそうな顔をしているセレスティにラウルは精一杯首を振った。
「いえいえいえ。用途の問題ですから」
 というか、剣に失礼な発言て何なのか。
 言葉に引っかかってガタガタ身をゆする剣とは。
 もう、何というかこう、この小屋の中は一般常識から大きくかけ離れた様相を呈している。
(リトスリトス)
 ガタン!
(さん)
 ガタ。
(とても美人なリトスリトスさん)
 静かになった。
(セレスティに変だと思われないように、静かにね)
 ――
 ――
 ふう。
「ええと。ここにある最後の剣が、こちらです。ヴァースの一つ前に打ちました。ノウム」
 そう言ってラウルは、一番右端の下段に掛けてある剣を示した。
 この剣だけは打っている間、好きに打てばいいと言ってくれた。
 だからか、大き過ぎたりも切れ過ぎたりも光ったりも重過ぎたりもガタガタと揺れたりも、喋ったりもしない。
 ごくごく一般的、村の武具屋に打っていても何の違和感もないだろう。
 ただラウルはもうこの時点で、村に売りにいく気力は失っていた。
 さてこの中で、セレスティに相応しいのは一体どの剣だろう。
(一番無難に使ってもらえるのは――)
 ノウム。
 そういえば昨日、セレスティの前で壁から落ちたのがノウムだった。
(主張するなんて、珍しいな。ノウムがいいかな)
 それともオリゴロゴスとか。
 ふと、ラウルは小屋の奥にある扉付きの棚へ目を向けた。
 そこに一振りだけ、師匠である鍛治師の打った剣が収められている。
 最後の一振り。
(あれは)
 ラウルは一つ息を吐いた。
 あの剣は、大切な手本であり指標だ。
 セレスティにとっては一番扱いやすく、切れ味も良く、彼が欲しているものだと思うが。
(申し訳ないけど、俺の打った剣の中から選んでもらって――)
 ちらり、とセレスティを確認する。
(あああ。まだ見てる。大剣シュディアール見てる)
 無理ですから。
 さすがに装備して十歩も歩けませんから。
 多分巨人用ですから、彼。
「じっくり。じっくり選んでください、セレスティ。まだ出発には日が要りますからね」
 と言いつつラウルは、じっと大剣シュディアールに熱視線を注いでいるセレスティの腕を引いて鍛治小屋を出た。











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2023.3.1
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