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第3章 旅の仲間

2 戦士は大剣に憧れを抱く

 

「なるほど、オーランド殿、貴方がきりふり山に登ろうとしているのは、そういう事情があったのですね」
 オルビーィスを拾った経緯を丁寧に説明したことと、ボードガードからはラウルが訳ありであること、まずは会って話を聞いてみてほしいと、前もってそう告げられていたということもあり、セレスティの面からは始めの驚きの色は消えていた。
 興味深そうに、ラウルの肩に陣取っている小さな竜を眺めている。オルビーィスも慣れてきたのかセレスティをじっと見つめ返している。
「竜というとただ恐ろしい印象を強く受けておりました。初めてこの目で見ましたが、まだこのくらいだと可愛らしいものですね」
「そう――そうなんですよね!」
 思わずラウルは拳を握り込んだ。
 前のめりになったのでオルビーィスの尻尾が背中で跳ねる。
「こんなに小さいのに頭が良くって、俺の言いたいことがちゃんとわかるみたいなんです。それに狩りももうできて、俺より。結構早く飛べますし、それにたくさん食べるのが、嬉しそうで何ていうか可愛くて。ちょっと懐はきついですけど」
 セレスティはにこりと微笑んだ。
「確かに、ラウル殿によく懐いているようです」
「駄目なことは駄目と、伝えればきちんとわかってくれます」
 誰かを傷付けたりなんかしない。
「そのようです。それにしても、驚きだ」
「えと、竜がいることに?」
「それもですが」
 とセレスティはラウルを見た。
「その子竜は、生まれたばかりなのでしょう。十日程度前に。それでもうその子は飛べて、狩りもできるとは――通常は飛べるまでにももう少しかかりそうなものですが」
 ボードガードにも同じことを言われた。
「竜は、分かっていないことが多いって言いますし」
 口にした響きは少し急(せ)いていたかもしれない。
「元気なら、それで、まずは」
「そうですね」
 セレスティはラウルに頷き、なおさら興味深そうな目をした。
「私は、オルビーィスを触っても大丈夫でしょうか」
「たぶん――」
 いや、今までラウル以外が触れたことはない。
「オルビーィス、触っていい?」
 オルビーィスは首を傾げたが、ラウルがセレスティに近付けようと背を傾けると背中をささっと移動した。
 お尻の辺りにぶら下がっている。
「ううーん」
 微妙な体勢になってしまった。
「好まないようですね。無理を言ってしまいすみません」
 少し残念そうだ。
「そんな。あの、それで、剣なんですが。見た目は、まあ俺も納得がいっているっていうか、問題は(そんなに)ないんです」
「というと、納得されていないのは切れ味でしょうか。とても良く切れそうに見えますが」
「ええ、その、中身」
 がたがたっ、と壁の剣達が騒いだ。
「ん? 今」
 訝しげにセレスティが壁へ首を巡らせる。
「いえー! ね、鼠かな?!」
 ラウルは背筋を伸ばしてキョドキョド、さほど広くない小屋の中を見回した。
「暖かくなりましたし!」
「確かに、もう四月も終わりです」
 セレスティが見回している間に、ラウルは剣達に視線を送る。
(静かにしてて、お願いだから)
「剣を、手に取って拝見してもよろしいですか?」
「ど、どうぞ……」
 怯えつつも、ラウルはセレスティが最初にどの剣を手に取るか、ふと興味が湧いた。
 姿の違う剣達の中で、セレスティの好むものはどれだろう。
「では」
 と言って、セレスティは手を伸ばした。
 立て掛けていた大剣に。
(うわー。俺と一緒だー)
 けれど背が高く筋肉質なセレスティなら、問題なく使えるのかもしれない。
 期待して見つめる先で、壁の大剣の柄に手を伸ばして身体の前に倒し――かけて、セレスティは唸った。
 斜めになった剣を支える腕の、袖から除く手首の辺りに血管を浮き上がらせ、支えるためか右足を一歩引いている。
「こ――、これは見た目以上に、重量が……」
「す、すみませんすみません! 怪我しないように!」
 剣身と柄を合わせて、セレスティの頭まである代物だ。
(あれ、でも俺は倒れたのを起こすくらいなら何とかなるけどなぁ)
 筋肉質なセレスティならもっと楽そうなものだが。
「手伝いま」
「いえ――しばし、私に」
 それでも少しの間セレスティはそのまま剣を支えていたが、やがて残念そうな溜息を一つつき、大剣を壁に立てかけ直した。
 その動作だけでもかなりの重さだと伺える。
 ふう、と肩で息を吐く。額には汗が薄く滲んでいる。
「これは、常人では構えるどころかただ持ち上げるのも困難ですね。どのような場面を想定されて?」
「いやぁ。気付いたらそうなっていたというか。夢中になりすぎまして……」
 剣が誰よりも大きくなりたいと主張したとか言えない。
「ははは。面白い方だ」
 爽やかに笑ったが、まずそれを選ぼうとしたセレスティもちょっと面白い。
 何とか粘ろうとしていたし。
「ふむ……」
 腕を組んで他の剣を見回す。
 時折大剣に視線が戻り、なかなか他の剣に手を伸ばす気配がない。
「――大剣がお好きなのですか」
「滅多に見ない。憧れますね。どうにか使いたかった」
「なるほど」
 素直だ。
 御前試合に挑もうというだけはある。
 ラウルはふっと瞳の端に捉えたものに、上がりかけた声を飲み込んだ。
 フルゴルが主張しひかりかけている。
 さっと手を伸ばし柄を握ると、意思が伝わったのかフルゴルは光るのをやめた。
「ふう」
「どうかされましたか」
 腕をぴんと伸ばして寄りかかるように剣を抑えているラウルを見て、セレスティはラウルと押さえているフルゴルを見比べた。
「その剣が、貴殿の見立てとか?」
「いえ、この剣は――」
 どさっ。
 一番右端の十一番目に打った剣が落ちた。
 素材の時あまり主張せずラウルの好きなように打てばいいと言ってくれた剣だ。
「あっ、斜めに掛かってましたかねー」
 そう言いつつ拾い上げる。
(珍し……)
 ガタン!
(ひい!)
 セレスティの背後でガタガタと身をゆすったのはリトスリトスだ。
「ん?」
 セレスティが首を巡らせる。
「こっここ、小屋の建て付けが悪くてー」
「そう言えば今日は風もありますね」
「ですです」
 どうしようか。
 もう観念すべきだろうか。
 早いところ白状した方が傷は浅いかもしれない。
 いやぁ、この剣達、個性派揃いで。光るわ喋るわ倒れるわかくかくしかじか、名前もあるんですよー。
(ぐふぅ)
 精神を抉られる。
「え、ええと、あの、バル……」
「オーランド殿、こちらは――」
 剣に視線を巡らせていたセレスティは大剣の右隣り、一番上の段にかけおいたヴァースを指差した。
「先ほど貴殿が持っておられた」
「あっ、ハイ」
「拝見してよろしいか」
「ハイ」
 壁から外し、セレスティは剣身をゆっくりと傾け、そこに落ちる光の移り変わりを見つめている。
 ラウルは懸命にヴァースに目配せした。
 頼むよー頼むよー。
「失礼」
 懐から出した布を手に、セレスティは刃の上を滑らせた。
 軽く唸る。
「――これもまた、素晴らしい剣身ですね」
 再び布を滑らせ
『ッひゃひゃひゃ! くすぐってー!』
「な――」
 突如響いた声にセレスティが驚いて目を見開く。
「何が、今」
「あっ、俺です!」
 誤魔化そうとした浅い発言は、セレスティの「え?」という目を受けて引っ込めざるを得なかった。
「いえ、貴殿ではないでしょう」
「ハイ――」
(何いってんだこの人って目だった。何言ってんだこの人って目だった)
 地味につらい。
「この剣――」
 セレスティはラウルの煩悶をよそにヴァースを持ち上げ食い入るように剣身を眺めた。
 剣の背に指の背を当て、すうっと滑らせる。
『やめろってーやめろってー』
 うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
『うきゃー!』
 ヴァースを握ったセレスティの腕が、ぶんと振り回された。
『やめろって言ってんだろー! 聞けよー!』
 セレスティが目を丸くして振り上がったままの自分の腕と、その先の剣を見つめた。
「何と……今、私の意思ではなく、剣が」
「そっ、そっ、それは、きっ、気のせいかなっ、とっ」
 ラウルはヴァースを掴もうとしたが、
『気のせいじゃないぜー!』
 その前にヴァースは高らかに宣言した。
『おれ様はヴァース! ご主人が打った名剣宝剣国宝剣だー! よろしくなー!』
「ヴァースゥー!」
「何と……」
 セレスティが絶句している。
 その目が、剣とラウルとを行き来した。
 二度。三度。
 つらい。
『あんたはいい所に来た。剣が欲しいならこの世のどこよりもここが正解だ。こいつは天才だぞー。おれ様を打ち上げた才能に震えろー』
「うっ。うっううう」
 ラウルは涙を零しぶるぶると身を震わせた。











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2023.3.1
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