「セレスティ・ヨハン・バルシュミーデと申します」
青年はそう名乗り、剣を打って欲しい、と告げた。
念の為、ヴァースを鍛冶小屋に、他の剣達と一緒に壁に掛けた。
「ヴァース、オルビーィスをここに呼んで、隠れてるよう言っておいて」
小声で頼んで小屋を出ると、ラウルは外で待っていたセレスティを母屋の居間に案内した。待っている間も背筋をピンと張って姿勢が良い。
暖炉に火を入れて、セレスティにその前の椅子を勧めると、セレスティはかっちりした動作で腰掛けた。鎧は脱いで戸口のそばに置いてある。
お茶を淹れて戻ると、セレスティは暖炉の火をじっと見つめていた。やはり背筋は整然と伸び、首だけ傾けている。
軍人みたいだな、と思った。
ただ軍服でもないし、鎧もちぐはぐだが。
お茶を勧め、ラウルも椅子に腰掛けた。
「改めて、私はラウル・オーランドと申します」
「先触れもなくの訪問となり、失礼いたしました」
とまたセレスティが上体を伏せる。
顔を上げるのを待って、ラウルは問いかけた。
「あの、バルシュミーデというと確か、フェン・ロー地方の伯爵家の?」
「はい。決して広大とは言えませんが、北ゴーズ一帯を預からせて頂いております。家は昨年、兄が継ぎました。私は四男のいわゆる穀潰し、他に兄が二人、姉が一人、弟が一人おりまして、さほど広くない館に居場所もなく。故に一念発起して半年前に家を出た次第です」
以来旅をしているのだ、と言う。
セレスティの言うことはラウルにも馴染みがある。貴族の次男坊以下は長男と扱いが異なるのが一般的だ。
「一念発起、というのは」
「はい」
セレスティは整った、凛とした面をまっすぐ持ち上げた。
何歳くらいだろうか。ラウルと同じ二十四歳くらいかもう少し上――同い年ならばなんとなく嬉しいな、と、その面差しと所作を見る。
「王都に出て、御前試合で我が身の価値を測りたいと愚考致しました」
「御前試合――来年の?」
そう言えば、そんなことを聞いたような、と首を傾げる。
セレスティは頷いた。
「おお。ご承知の通りです。さすがは名鍛治師殿。まさに来年の四月に、久方振りに王都で行われるそれを目指しております。なにせ前回の開催より十年近く過ぎておりますので」
多くの志願者がいるだろう、と。
「私はその為にまず武芸を研鑽し備えたいと、場を求めて旅をしていたところ、我が家も世話になっていたキルセンの竜舎のボードガード殿より、貴殿のことをお聞きしました。なさりたいことがおありとか」
話が、見えてきた。
ラウルは脈拍が高まるのを感じた。
きりふり山に登るための――
(親方、ありがとうございます)
伝手を探すと言ってくれて、さっそく声をかけてくれたのだ。
心強い助け手が現れた。
「共にきりふり山に登る者を探しておられると」
セレスティはラウルを見つめ、にこりと微笑んだ。
凛々しい面に少し幼い印象が加わり、好ましい。
「どうか私に、道中を共にさせて頂きたい。まだまだ研鑽中の身ではありますが、剣は手に馴染んでおります。貴殿の目的を果たされたのち、私がお役に立ったとお認め頂けるのであれば、剣を打って頂ければ」
とても有り難い申し出だった。
ただ、一つ。
大きな問題が。
「あの」
ラウルは姿勢を正した。
「ご協力のお申し出は大変有り難いですし、是非にもお願いしたいのですが」
「はい、是非」
にっこり。
屈託なく笑う。
何という好青年。
「私の方が、バルシュミーデ殿のお役に立てるかどうか」
「と、申されますと」
「ボードガード親方の言うとおり剣を打ってはいるのですが、伝説の、と言うのがちょっと……だいぶというか、完全に誇張というか」
セレスティの生真面目な瞳がラウルの説明を待っている。
「すみません」
とラウルは深々と頭を下げた。
「伝説の、というなら多分、先代のことでしょう。王都からも依頼が来たと聞いています。ですが先代は昨夏、亡くなりました。晩年は数を打たず、その手の作も全て手放し、ここにはお譲りできるものが残っておりません」
いや、実のところ一振りだけ、残っている。
けれどそれは、ラウルの手本として大切な一振りだった。
手本と、それから――
「私はこの工房を引き継ぎましたが、駆け出しで、まだろくにまともな剣を打ち上げたことがありません」
「なるほど……」
この好青年の期待に添えないこと、落胆されることはとても残念な気持ちになる。
セレスティは自分の右手を見つめてほんの少し考えていたが、視線をラウルへ戻した。
「先ほどの小屋は、鍛治小屋でしょうか。剣を収めておられた。無礼を承知で申し上げますが、貴方が打たれた剣を見せては頂けまいか」
「えっ、あっ、いや、はい」
挙動不審になりかけるところを極力抑える。
ヴァースを小屋にしまったところはセレスティも見ているから、剣がないとは言えない。
大丈夫だろうか。
不安しかないが。
「あの、では、外へ」
案内して鍛治小屋の扉を入ると、セレスティは戸口でまず足を止め「おお」と唸った。
壁に立てかけられた大剣、その横に掛けられた十振りの剣。
それらが美しい剣身を見せて並んでいる様は見栄え良く、目を引くものがある。
見栄えだけだが。
「近寄っても?」
「うっ、はい」
セレスティは近寄って剣を一振り一振り眺め、ややあって息を吐き、ラウルを振り返った。
「いずれも素晴らしい作品ではありませんか。これでもご自身は満足されていないということでしょうか」
「いや、そうでは」
「ぴぃ!」
「あっ」
そうだった。オルビーィスがここにいたのだった。
失敗したと思う前に、もうオルビーィスはセレスティの目の前でラウルの肩に降り立っていた。
やや警戒気味に、頭越しからセレスティを覗いている。
セレスティが目を丸くする。
「飛竜――? いえ、違いますね」
「あ、あの……」
この状況、何度目だろう、と、ラウルは数日前からのことを頭の中で数えた。
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