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第1章 鍛冶師と小竜

3 夢は大きく視野は広く


「兄さんはさぁ、剣を打つ才能は無いよね」
 小屋を訪ねて来た弟は、喋る剣に釘付けだった目を上げて、可笑しそうに笑った。
 母親に似て目元が涼しく、繊細で優しげな面立ち、明るい栗色の髪が窓から差す木漏れ日の光にも艶やかだ。
「あら、エーリック兄さま、私はあると思うわ! ラウル兄さまは鍛治の天才だと思う」
 十歳になったばかりの妹、アデラードはまだ幼さの残る面を紅潮させ得意そうに頷いた。長い栗色の髪を三つ編みにして、左肩の前に垂らしている。大きな緑の瞳が愛らしい。
「他の鍛治師さんはこんな剣打てないもの」
『そうだそうだー』
「僕は兄さんの打った剣、使い所が判らないけど」
「大丈夫よ、世の中には珍し物好きな方も大勢いるもの。探せば買ってくださる方は絶対いらっしゃるわ」
「この国広いけど、どうかなぁ……」
「王様がもしかしたら買ってくださるかも」
『王様?! おれは王様にふさわしい剣だぞ! 早く王様のとこに連れて行けー!』
「アデラードは大きな夢を持ってるなぁ」
『あんたも大きく夢を持てー』
「いいから二人とも、早く品物持って帰りなさい。遅くなると危ないし」
 二人の会話にいたたまれなさを覚えつつ、ラウルは床に置いてある木箱を示した。
 キルセン村の竜舎からの注文の品を納めてある。あと、弟達が街で売って生活の足しにする用と。
 尚お客様のお求めは剣ではない。
「はいはい、帰ります。まだお昼過ぎたばかりだけどね」
 エーリックは肩をすくめてみせた。それでも兄の気遣いへ「有難う」と礼を言うのを忘れない。十六歳だが、時々ラウルより大人びている。
「そうだ、兄さん」
 くつわあぶみなどの入った二つの木箱に紐を掛けながら、エーリックはラウルへ首を巡らせた。
「昨日竜舎で聞いたんだけど、最近また飛竜の密猟者が増えてるらしいよ。ケイが畑仕事帰りに見たことない数人の男が森に入るのを見たって言って、それでボードガード親方が一昨日おととい、街の領事館に相談したって」
 街の領事館、と言った声にはやや複雑な色が載せられている。
 この地域の今の領事はセルゲイ・オーランド子爵で、街の警備兵は半分国、半分子爵家の所有だった。
「ここは飛竜の巣からはそんな近くないってことだから、まあ心配はないと思うけどさ」
「そんなんだったらお前たちこそ、帰り道に気をつけるんだぞ。アデラードだっているんだし、わざわざここに来なくてもいいんだから」
 アデラードが頬を膨らませる。
「だって兄さま、ここのところ全然村に来てくださらなかったじゃない」
「先月品物を届けに行ったじゃないか」
「先月でしょう。それに届けたらすぐ帰ってしまわれるし」
 妹にむうっと睨まれて、そんなに薄情に見えているのかと、ラウルは自分の行動を反省した。
 とは言え余り村にも居難いし、行くと母に毎度毎度「あなたは長男なのよ」だとか「本当の跡継ぎはあなたなのに」だとか「家族のために家を再興しておくれ」などと切々と訴えられ続け、辟易してしまうのだ。
「母さんは寂しいんだよ。生活もまだ慣れないみたいだし」
 そう言ったエーリックの微笑みはやや悲しげだ。
 良家の令嬢として生まれ蝶よ花よと育てられ、穏やかに不自由なく暮らしてきたのに、夫――ラウル達の父が亡くなってから一気に生活は崩れてしまった。
「まあ、父さんが生きてる時から、うちは没落一直線だったけどね。母さんはそれで苦労したのにね。その父さんも酔って川に落ちてあっけなく死んじゃうし」
「農業用水路よ」
「そこ、訂正するかな」
「だって、父さまは領地を見回っていらしたんだもの! きちんとお仕事をされていたのよ! お酒だってあの日、そんなに多くは、召し上がってなくて」
 エーリックはアデラードの膨らんだ頬と涙の滲んだ瞳を柔らかな笑みで見つめた。
「うん、わかってるよ、アデル。わかってる」
 領地の経営が傾き出してから、父は昼から酒を飲んでいることが多かった。
 不慮の死の遂げ方もそれは仕方がないと、ラウルには当時、納得がいってしまったことだった――
「――そうだな」
 ラウルは頷き、エーリックとアデラードの頭を撫でた。
「僕はもう子供じゃないよ」とエーリックが苦笑し、アデラードは嬉しそうだ。
「近いうちに行くよ。母さんにそう言っておいて」
「必ずだよ」
 エーリックが木箱を二つとも抱える。
 驢馬を引いて来ているので、背中に括り付けて持ち帰るのだ。
 行きにはラウルの為に、パンやじゃがいも、塩漬け肉、林檎や野苺の果実煮、蜂蜜など細々こまごまと色々持って来てくれた。
 小屋の扉を開けると、太陽の光と外の冷えた空気がさっと流れ込んでくる。
 ラウルは日差しの中の弟達の姿を眩しく見つめた。
「母さんには、剣が喋り出したことは黙っててくれよ」
「分かってるよ。そんなこと伝えたら母さん倒れちゃうからね。でも兄さん、その剣どうするの?」
「迷ってるんだけど、溶かすか埋めようかなって」
『ちょっとちょっとまて!』
「もったいない、いい話し相手になるじゃない」
『そうだそうだー、おれ様を重宝しろよー重宝ー』
「剣がいい話し相手って何だよ」
 常に会話に絡んでくるのやめてくれないかな、と心中呟きながら、ラウルは表に出るとエーリックとアデラードの姿が樹々の間の細い道を曲がって見えなくなるまで見送った。
 室内に戻ると早速剣が話しかけてくる。
『あんたのきょうだい、途中からおれをがっつり無視してたよなー』
「珍妙な剣には慣れてるからね」
 つい答えてしまった。









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2023.2.12
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