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王の剣士 七

<第三部>

序章『渡る風』


 燃えるような朱色の輝きが束の間空を染め上げ、砂丘の西にある山脈のあわいに残る一筋の藍色を、よりくっきりと浮き立たせていた。
 輝きはすぐに、東から昇って来た朝日の白に薄められ、四半刻も無く消え失せる。
 それから空は、その天蓋をゆっくりと、透き通る鮮やかな青に染めた。




 荒涼とした砂漠を渡る風は東から山脈へと吹き付け、足元の砂をそれ自体が生き物であるかのように動かし、少しずつ、少しずつ、砂丘の形を造り変えて行く。
 その砂丘の斜面を、頭と上半身をすっかり厚手の布で覆った小柄な人影が、足元を一歩一歩踏みしめながら登っていた。
 明け方の空を背に砂丘に立つ人影を見上げる。
「――プラド。長が呼んでる。ここはもう終わったから」
 少女の澄んだ声に振り返ったのは長身の男だ。
 短い黒髪と、同じ色の瞳。日に焼けた面は重ねた歳月を表すように厳しく引き締まっていたが、その外見は二十代半ばと表情に似つかわしくなく若い。
「判った」
 男の右腕がゆるく風を纏う。
 風は男の傍に寄った少女の長い黒髪を巻き上げて散らしながら、彼の肘から先に盛り上がり生えていた、薄っすらと光を放つ刀身に吸い込まれた。
 刀身が腕へ、沈んでいく。
 瞬きの後には男の腕には、刃の痕跡など何一つ見つけられなかった。
 男を促すように、少女は来た方角を振り返る。少女が登ってきた砂丘には、幾つもの煙が棚引いていた。当たり前の生活を表す煮炊きのそれではない。
 砂丘に累々と倒れ伏すのは鎧を纏い剣や武器を手にした兵士達──千に近い兵を擁していた南の隣国ハルファスの軍隊だ。旗が燃え、煙が燻る。
 左の三つほど離れた砂丘には、別の旗、この国の紋章をあしらった軍旗が翻っていた。戦場に散っていた兵士達が軍旗の元に集まって行く姿が、朝の光を受けた砂丘に生者の影を落とす。
「私達はまた移るのね」
 男は頷いたかどうか、ただ少女と共に砂丘を滑り降り始めた。少女が靴底を砂に滑らせながら男を斜めに見上げる。
「ミストラを越えるの?」
 男からはやはり答えは無かったが、少女は透明な印象の面を傾けた。
「貴方はいつもあの向こうを見てる。もし貴方が行くのなら私も行くわ。ずっと話を聞いてきたから憧れもあるし、それに」
 会ってみたいし──と。

 彼等が降りて来た砂丘のその先、西方には、険しい尾根といただきを果てなく連ねるミストラ山脈が、世界を遮るように延々と横たわっていた。












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2018.4.30
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