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王の剣士 七

<第三部>

第六章『空とみぎわ

三十一

 
 フォルカロルの矛が渦巻く水流を纏い、レイラジェへと迫る。
 レイラジェは床を蹴り、身を跳ね上げた。渦が腕を掠め、皮膚が裂ける。構わずそのまま渦の起こす波を利用し、レイラジェは天井近くへ跳んだ。
 上体を覆う放射状の矛が流体の如く動き、足元のフォルカロルへ次々と撃ち出される。矛はフォルカロルの足元に突き立ち、飛び退いた右足の踵を掠め、身を躱そうとした右、次いで左の床に突き立った。退路を断たれたフォルカロルは苛立ちも露わに矛を薙いだ。
 レイラジェが天井の梁を蹴り、フォルカロルの頭上へ、抜き放った長剣を逆手に、落ちる。
 長剣がフォルカロルの頭頂を貫く寸前、フォルカロルは矛の檻の中で辛うじて身を捻った。レイラジェの切っ先が鼻先を掠め、右胸が縦に薄く裂けた。床の大理石が砕け、水流に舞い上がる。
『チ――』
 舌打ちの間も無い。一瞬レイラジェの姿を見失い、視線が四方へ彷徨う。下だ。
 床すれすれの位置からレイラジェの剣が横薙ぎに迫る。フォルカロルの矛が膝の前で迎え撃つ。弾いたその向こうから、レイラジェの放射の矛が次々現われた。
 身を捻って躱し、或いは矛で弾く。躱しきれなかった矛が数条、フォルカロルの肩や腕、脚を掠めて過ぎる。周囲に巻き起こった白い泡が視界を塞ぐ。喉と額へ、更に二条――
 矛の柄で弾き上げ、直後、泡の向こうから長剣の横薙ぎが飛び出し、フォルカロルの胸を捉えた。
 剣撃の余波が背後の高い柱を真っ二つに断ち、更に奥の壁に亀裂を穿つ。
 泡の中へ突き出したフォルカロルの矛が金属音と共に弾き返される。
 フォルカロルが生み出した水流はすっかり消えている。
 荒い呼吸を繰り返し、フォルカロルは泡の向こうを睨んだ。口元に笑みを浮かべる。
『――どうした、貴様の剣はそれだけか。武技を謳われているようだが、その程度では私を倒すことなどできんぞ』
 腕や脚に受けた複数の裂傷と、そこから流れる血。だが致命傷とは程遠い。十文字に切り裂かれた上衣の間からは銀色の鱗が覗いている。
『流石に硬い鎧だ。貴様らしい』
 レイラジェは双眸を細め、フォルカロルを見据えた。皮膚の上に着込んでいるのは腕と膝下以外を全て覆う鱗状の鎧だ。冷たく輝くその硬度は、柱をも断つレイラジェの斬撃を防いだほどだ。
 荒い息を吐くフォルカロルの面に笑みが歪む。
『海皇陛下から賜ったもの――この第一軍将軍、フォルカロルにな。貴様ごときに貫けるものではない』
『かもしれん――だが、砕くのみ』
『無駄な――』
 レイラジェはずいと踏み込み、長剣を薙いだ。切っ先が先ほどと寸分違わずフォルカロルの鎧の傷をなぞる・・・。放射の矛をフォルカロルの足元へ打ち出す。
 後方へたたらを踏んだフォルカロルへ、更に踏み込み、返した剣を斬り下ろす。
 鎧が三度同じ場所に傷を刻む。
『おのれッ!』
 フォルカロルは吼え、矛を突き出した。その切っ先を首を捻って躱し、長剣を斬り上げ、手首を返し斬り下ろす。
 フォルカロルの鎧が軋み、亀裂を走らせる。その亀裂へ、レイラジェの放射の矛が一息に突き立った。
 鎧が砕ける。喉から血を吐き、フォルカロルの体は後方へと吹き飛んだ。叩き付けられた柱を砕き、倒れたフォルカロルの上に崩れた柱の石材が降り注ぐ。
 泡と石の欠片が舞い上がる中、レイラジェは瓦礫に埋れたフォルカロルへと歩き出した。
 落ちて積み上がった柱の欠片の山から、波紋が走る。
 波紋はレイラジェを捕らえ、その場に固定した。
『おのれ……レイラジェ、貴様……ッ』
 歯を軋らせ、荒い息をついてフォルカロルはよろめき立ち上がった。鎧は無残に砕け、五度目の斬撃によって皮膚に爪先ほどの深さの裂傷が走っている。ぶるりと身体を震わせた。
『この場で殺してやる』
 レイラジェは波紋に包まれた身体を揺すった。波紋はがっちりとレイラジェの身体を掴んでいる。
 銀の双眸をフォルカロルへ向ける。
『誰より地上に恋い焦がれる貴様が、海中でのみ大きな力を発揮する能力を身に付けるとは皮肉なものだ』
『黙れ! 貴様など、私が手にかけるまでもない!』
 正面のレイラジェを見据え、フォルカロルは羞恥と怒りにどす黒く顔を染めた。
『何をぼけっと見ている、兵ども!! 奴を殺せ』
 怒号に動きかけた兵達が、踏み出そうとした足元に突き立った無数の矛に呻き凍り付く。
『死ぬ必要などあるまい――退がっていろ』
 レイラジェはそう告げ、再びフォルカロルへ向き直った。
『どうした。海皇に貴様の功を示すのではなかったか』
『貴様……ッ! ならば望み通り、海皇陛下の目の前で切り裂いてやるわ!』
 フォルカロルは矛の石突で床を突き、渦を立ち上げた。三本。謁見の間に満ちた海水が捻れる。巻き込まれた兵達の手足が引きちぎられ、すり潰され、渦が赤黒く染まる。
 後方にいた兵達は後退りし、一斉に廊下への扉へ逃げ出した。
『愚かな行為だ。貴様の兵は貴様の手足でもあろう』
『黙れ――』
 フォルカロルが渦を動かし、同時に突きかかる。
 兵達の足元に突き立っていた数十の矛が床を離れて浮かび、次の瞬間レイラジェの周囲を高速で渦巻いた。フォルカロルの矛と渦が弾かれる。
 矛の回転は消え、再びレイラジェの背に矛が放射状に浮かぶ。身を捉えていた波紋は散り散りに消えていた。
 レイラジェの剣が一閃し、三つの渦がその回転を散らす。
『――馬鹿な』
 フォルカロルは呻き、歯を軋らせて踏み込んだ。矛の切っ先がレイラジェの胸を突き――だが寸前で止まった。
 放射の矛が交差しフォルカロルの切っ先を阻んでいる。
 引こうとした矛の柄を掴み、ぐいと引き寄せ、レイラジェは長剣を叩き下ろした。咄嗟に手を離したフォルカロルの身体を切っ先が掠める。
 よろめき後退り、開いた空の手を見つめたフォルカロルの面が再び羞恥に歪む。
『き、貴様ごとき変異種ふぜいが――、この私を――!』
 フォルカロルの足元から波紋が放たれる。幾重にも。
 レイラジェは長剣を跳ね上げ波紋を断ち、そのまま、フォルカロルの頭上から斬り下ろした。
 フォルカロルの頭頂を白刃が捉える。
 レイラジェは踏み込んだ身体を、ゆっくりと起こした。手応えはなく掠めただけ――フォルカロルの姿は目の前から消えている。
『――』
 身体を這い上がる悍しさに眉を潜め、レイラジェは身体の向きを変えた。
 玉座のある階、その足元へ。
 ナジャルが立っている。フォルカロルはその斜め後ろで尻餅をついていた。
『見事なものだ、さすがは武技を誇る貴殿の戦い、間近に見られ心が弾むというもの。しかしあまり手駒を無くしすぎてもこの先困るのだ』
 這い寄る声に、レイラジェは長剣の柄を握り直した。
『今更それが、貴様に何か意味をもたらすのか? ナジャル』
『いやいや、いずれも海皇陛下の駒なのだよ。貴重な――』
 ナジャルの身を昏い闇が巻き、揺れる。
 背後のフォロカロルは恐怖と嫌悪に顔を歪め、尻餅をついたままじりじりと後退った。
『貴殿も手駒として残ってくれるのならば有難いのだが』
『それも今更だ』
 レイラジェはナジャルを見据え、意識は周囲に張り巡らせた。この場を抜ける、ほんの少しの隙を作らねばならない。
(ファロスファレナへ)
 今、ギヨールの攻撃に晒されているはずだ。
 だが先ほどの戦いの中――壁を破壊し、兵達が扉から逃げ出した、その中でさえ、レイラジェがここを抜ける隙もほつれも生じなかった。
(戻らねばならん)
 この檻を抜けて。
 ナジャルの穏やかとさえ言える振る舞いの中の、針の先ほどでもいい、隙を。
 だがナジャルから向けられる視線、それですら悍しく身を縛る。
(一瞬――)
『一瞬?』
 声がレイラジェの意識を掴む。
 背後から広がった凍る感覚にレイラジェは視線を投げ、洩れかけた呻きを抑えた。
 放射状に浮かべた矛が、闇に巻かれ、溶けている。
 咄嗟に横へ飛び退きかけた左足首が掴まれ、ぐん、と引かれた。身体が振り子のように振られ、離れた床に叩き付けられる。
 背を強打し、一瞬呼吸を失いながらも立ち上がり――、レイラジェはぴたりと動きを止めた。――凍り付いた。
 海皇の玉座の、正面だ。
 レイラジェの左の足首を、海皇の足元から広がる闇が触手のように伸び、掴んでいる。
 闇から伝わり這い上がるその、悍ましさ。
『意識など不要――』
 階下からナジャルの声が立ち昇る。
 闇の触手は巻き取ったレイラジェの左足首を締め上げ、溶かし、喰らい始めた。
 激痛に歯が軋り、苦鳴が洩れる。
『陛下には忠実な駒が必要なのだ』
『……陛、下――ッ……?』
 レイラジェは身を喰われる激痛の中で、目の前の玉座の男を見上げた。
『陛下、だと、これが……』
 苦痛を押して笑みが浮かぶ。
 そう、推測はしていた。それはほとんど確信に近かった。
 だが、今、現実に変わった。
 ここにあるのは闇。
 虚ろな穴。
『この、抜け殻が――ナジャル、貴様は』
 左脚の膝から下が、失せる・・・
 意識の中で激痛が弾ける。
 レイラジェの身体はぐらりと、広がる闇の中に倒れた。









 ギヨールの触腕から放たれた振動波がファロスファレナ全体を覆い、揺さぶる。
 ファロスファレナの発した水流とぶつかり、相殺し、反射する。
 二つの巨大な塊を中心に、海域は嵐の如く荒れた。
 物見台となっている幾つかの尖塔が崩れ、水流の外へ流れて行く。
 泡を纏い落ちてくる尖塔の破片を避けながら、第二軍の兵士達が慌ただしく行き来する。頭上に降ってくるそれを避け、ヴィルトールは露台に立つミュイルの元へ駆け寄った。
「ミュイル大将!」
 振り返ったミュイルの向こうに、八本の触腕を開いた黒い塊を見透かす。
 生物のようにも、浮かぶ岩の塊のようにも見える。地上には無い、だがこのファロスファレナと同様の、軍都、もしくは砦のようなものだと、ヴィルトールはそう理解した。
 何度目か、足元が揺れる。
「ミュイル大将、何が今起こっているのですか。可能ならば私にも状況を教えてほしい」
「ヴィルトール殿」
 ミュイルはヴィルトールを見据え、ここに彼がいたことを思い出した。
 この地上人は先ほどのままボードヴィルに残すべきだったかと、ミュイルは己の浅慮を悔いる。巻き込む必要はなく、そして彼が地上にいればこの奇襲後であっても地上との繋がりは絶たれない。
 だがもう悔いている時間は無い。必要なのは次の手だ。
 ミュイルは息を吐いた。
「第一軍の精鋭部隊の奇襲だ。我々の目論見が海皇にバレたんだろう」
「海皇に――では」
 ヴィルトールの面が厳しく引き締まる。
「戦闘になる。いや、もうなってるが」
 ミュイルの指先が前方に広がる八つの触腕を示す。
「あれはギヨールと言って、第一軍の奇襲要塞だ。機能は三つある。一つは目眩し、一つは今の振動波。それから」
『ギヨール、急速接近!』
 兵の叫びにミュイルは身を返した。
『来たか』
 擬態色による近接、振動波による破壊、そしてもう一つ――今ヴィルトールへ説明しようとしていた、ギヨールの第三の機能。
『回避しますか』
 ミュイルは一呼吸考え、決断した。
『回避はしない。側面を取られるよりは正面からぶつかる』
 この距離からの回避行動は、みすみすギヨールに住居部の側面を晒すだけだ。避け得ないならば、正面の砦部分を損傷覚悟でぶつけた方がいい。
 迫るギヨールの前方部触腕が更に広がり、うねる。
 ギヨールの第三の機能は、触腕による捕縛、そして第一軍精鋭部隊二千による移乗攻撃だ。
 ファロスファレナの全長は二百六十六間(約800m)、幅最大三十三間(約100m)。対するギヨールは全長八十間(240m)、触腕の長さはその内およそ五十間(約150m)――伸ばせばファロスファレナの頭を丸々押さえ込むことができる。
 八本の触腕がファロスファレナへと伸び、巨大な鯨の前頭部へ掴みかかる。
『第一から第四大隊各隊、配置完了を目視!』
『よし、迎撃準備――』
 ヴィルトール達のいる場所は鯨の頭頂より、やや後方――第二軍指揮系統のある区画だ。ここまでギヨールの触腕はぎりぎり届かない。
 それでも前方に迫るギヨール本体と、見上げた視界を覆う巨大な触腕に、兵達の間に緊張と恐怖が走った。ヴィルトールもまた、呑まれ、束の間立ち尽くして触腕を見上げる。
 ゆっくり、降りてくる。
「ヴィルトール殿、掴まれ!」
 ミュイルの声に我に返り、ヴィルトールは硝子の無い窓に、掴まった。
『衝撃に備えろ!』
 触腕がファロスファレナの前方部を掴む。ファロスファレナ全体が大きく上下左右に揺れた。
 轟音と、水を割いて降り注ぐ岩の塊、うねる水の流れが身体を翻弄する。
「ッ」
 滑らせかけたヴィルトールの手を、誰かの手が掴んだ。
 顔を向けた先にいるのはファロスファレナの兵士だ。兵士はヴィルトールを引き戻し、すぐに駆けて行く。
『第一、二隊各隊は迎撃、第三、第四隊は取り付いた触腕の排除に向かえ! 数じゃこっちが勝ってる、落ち着いて行動しろ!』
 振動が次第に収まって行く中、ミュイルが声を張り上げる。
 ヴィルトールは自らの剣にちらりと視線を落とすと、床を蹴り、ミュイルの傍へ降りた。
「ヴィルトール殿」
 ミュイルは改めてヴィルトールに向き直った。
「見ての通りだ。フォルカロル――いいや、海皇は、我々を討ち滅ぼすつもり満々だな」
 そう苦笑し、苦笑のままヴィルトールへ顔を伏せた。
「貴方を巻き込んで悪いが、必ず地上にお送りする。それまで住民達と共に内部に避難を。貴方は地上との和平の重要な要となる存在だからな。まずは生き延びていただかなくてはならん」
 前方から引っ切り無しに慌ただしい叫びや動きが、振動が肌に伝わってくる。
 ヴィルトールを案内させるため、ミュイルは手を上げ兵達を呼んだ。
「――この、ファロスファレナは」
「心配することはない。ギヨールは潰す。厄介なものが向こうから来てくれたのはいっそ好機だな」
 ミュイルは昂然と顔を上げた。
「ファロスファレナは平和への希望、寄る辺となる光を掲げ、この暗い海を回遊する灯台だ。ここで陥させる訳にはいかん」
「なら私はここに残らせてもらうよ」
 のんびりとさえ聞こえる口調にミュイルが戸惑った顔をする。
「しかし」
「あなた方と共にあることで、地上との和平の道標の一つにならなくてはね。まあ、この海の中で私がどれほど役に立てるかは判らないけど、戦力を一人追加してくれればいい」
 苦笑するヴィルトールへ、済まないと、そう詫びかけて、ミュイルはその言葉をとどめた。再び顔を上げ、右手を差し出す。
 ヴィルトールが同じく右手を出し、強い力で互いの手を握る。
『礼を言う』
 ミュイルはそう言って、前方へ振り返った。今やギヨールの触腕はファロスファレナの頭部に絡み、鎖の様に固定している。触腕の中央から第一軍の兵達が次々乗り移ってくる姿が見えた。
『レイラジェ閣下は必ず戻られる!』
 兵から手渡された長剣を鞘から抜き、露台を蹴り、更にファロスファレナの頭頂部へと飛び移る。
 その場で剣を高く掲げた。
『だが、閣下がお戻りになる前にギヨールを叩け! このファロスファレナを守り抜く!』









 風が耳元で唸る。
 眼下に広がる荒寥とした砂丘の連続、そして白い巨大な骸の竜、その骨組み。
 太陽を背に風竜へと落ちるレオアリスの身体を、青白い陽炎が包む。
 周囲に渦巻く風が一段と音を増した。法術士団の張った五枚の盾の内、二枚目の盾も砕ける。想定より早い。レオアリスは一瞬だけ、全身に意識を巡らせた。
(行ける)
 風の音と圧力が増し、頬や腕、脚を剃刀のように風が擦り抜け、吹き出した血が霧となって散る。
 構わず振り下ろした剣が激しく光を発し、風と、砂塵を切り裂き、風竜の長く白い首へ落ちた。
 剣が捉える手応え、押し込もうとした瞬間、風竜が長い首を大きく揺らした。あっさりと弾かれ、身体が空へ跳ねる。宙で身を捻り、捻りざま地上へ、剣を薙ぐ。
 刀身の纏う光が煌々と輝き、放たれた光条、その剣圧が下から追い上げ叩き付けた風を捉え、相殺した。そでれもレオアリスの身体は残った三枚の盾を擦り抜けた風を受け、幾筋もの裂傷を負っている。
 滑り込んだハヤテがレオアリスを背に受け止め、ぐるりと旋回する。風竜から離れ、後方へ。空に二枚、光陣が浮かんでいる。
 ハヤテはその光陣に突っ込み、そのまま縦へ、弧を描いた。レオアリスを覆っていた盾が光陣と同じく二枚、補強される。手を伸ばしハヤテの冷えた鱗を撫でる。先ほど負った傷はもう纏った軍服の上に残るのみだ。
 レオアリスは視界に北東に位置取るクライフ達の近衛師団と法術士の姿を捉え、弧を描くその先、前方に再び風竜を捉えた。両者の距離は百間(約300m)、当初から距離は動いていない。
 ハヤテが翼に風を捉え、風竜の後方へ駆け抜ける。風竜は飛竜を追いかけ、ゆっくりと西へ長い首を巡らせた。カラカラと白い骨が鳴る。
 こんな状況にあってもとても美しい音色だと、そう思う。
 自分を追う空洞の眼窩を見据え、レオアリスは一度息を吐いてハヤテへ瞳を落とした。
「何度もお前に往復させられないな」
 とは言え翼の煽いだ風一つで盾を一つ失うのは想定外だった。
『翼の起こす風ならに二回、三回、よくて五回を防ぐだろう。その上で三枚失えば、君でもかなり動きを制限され始める』
 滑空するハヤテの背に立ち、剣を身体の脇に提げる。
 息を吐く。
 半ば伏せていた瞳を引き上げ、同時に青白い陽炎を全身に纏った。
 ハヤテの背で踏み込み、同じ光を帯びた剣を最高速に乗せ、薙ぐ。
 ぴんと張り詰めた空気の後、風竜の後方の砂丘が砂塵を吹き上げる。
 骨組みの身体が、右の翼の付け根から左脚にかけ、斜めにずれた。




 クライフは高く上がった砂塵の向こうに、風竜の上体が斜めにずり落ちて行く様を見た。
「やった――」
 喜びに上げかけた声が半ばで途切れる。傍らのフレイザーが息を飲むのが分かった。
 砂塵の中、風竜は再び身を起こして行く。
「マジかよ……」
 呻きが洩れる。
 クライフの耳を次第に強くなる風の唸りが捉えた。















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2020.5.4
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