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王の剣士 七

<第三部>

第五章『地平の燎火』


 
「ヴェルナー」
 アスタロトは王城の廊下の奥を歩く姿を見つけ、足を早めた。声に気付いた相手は立ち止まって振り返り、アスタロトが近付くのを待っている。
 近くまで寄って足を止め、それからアスタロトは、何を話そうか、少し迷った。
「――」
「サランセリアの戦い、無事に戻られて何よりです」
 先に口を開いたのはロットバルトだ。
「うん。王都も――、守ってくれてありがとう」
「王都防衛の功は正規軍にあるでしょう」
 アスタロトは頷いた。
 それから、視線を動かす。
(前は――、そこにいたのに)
 それが当たり前の風景になっていた。
 けれど当たり前だと思っていたものは、初めからそうだった訳でもなくて、そして移り変わって行くものだと。
「話をされましたか」
 ぽんと振られ、アスタロトは瞳を瞬かせて、口籠った。
「――まだ」
 ロットバルトは意外そうな顔だ。
「訪ねて行って話をされればいい。容体も医師、アルジマール院長の見立てともに、早ければ明日には官舎に戻っていい状態だと聞いています」
 人を付ける必要はあるが、と言い、それからアスタロトを見た。
「とは言え、王城にいる間の方が話しやすいのでは?」
「あ……うん」
 アスタロトは途端に居たたまれなくなった。
 会いに行っていない理由は幾つかあって、特にアスタロトの足を留めているものは、今、ロットバルト相手に話しにくい。
「半年前の事を気に掛けておいでなら――」
「き――、気にしてるつもりはないんだ、いつまでも」
 慌てて首を振る。
「自分が、自分で整理しなきゃいけないことだし。……ロットバルトはもう話をしたんでしょ? 変わりは無かった?」
 そう尋ねると「いえ」とあっさり首を振られ、少し呆れる。
「自分だって会ってないんじゃない」
「私が戻れるのは深夜ですから」
「そっか……」
 軍部の動きは今小康状態だが、内政部門は違う。街の復興に向けて様々な事を協議し、進めようとしているところだ。
「会いたい?」
 ロットバルトが苦笑に近い笑みを浮かべたので、アスタロトは自分の聞き方が子供っぽかったかと、気恥ずかしくなった。
「すまない、変な事ばっかり聞いて」



 ロットバルトの後ろ姿を一度見送り、アスタロトはもと来た方向に歩き出した。
 自分の靴音が耳に届く。
 前に、ロットバルトと廊下で話をした時の事を思い出す。あれはほんの五、六日前の事だ。
 あの時はまだ、レオアリスは半年間意識が戻らないままで――、全てが、暗い方向へ進んでいくように思えていた。
 それに比べれば、どれほど状況は変わった事だろう。
 廊下に感じる陽の光の明るささえ、まるで違って感じられる。
 まだ西海との決着もこれからで、東方公の事も――、ルシファーの事もある。
 けれど何となく、物事が良い方へ動き出したように思える。
 そのきっかけとして、レオアリスが目を覚ました事が大きいと思っているし、それはアスタロトだけの感覚ではないだろう。
(それに――)
 ロットバルトは昨日の協議の場で、ヴェルナーが復位に責任を持つと明言した。
 それはヴェルナーが後見になると、そう明言したとも取れる。実際、今日の城内の受け止め方はそうだ。
 今まで、ヴェルナーがそれを明言した事は無く、今回の意義は大きい。
(ロットバルトが師団にいたから暗黙の了解みたいに思われてたけど――でも、今回明言した)
 だからアスタロトは今後の事に安心していたし、何となく――
 それで今はいいと、そう思っていた。
 それ以外、望まなくてもいい。
 目が覚めて、そこにいるなら。
(――いいや。私は、それで)















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2019.9.1
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