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王の剣士 七

<第三部>

第五章『地平の燎火』

十三

 
 宣布官の声が高らかに上がる。
 王太子ファルシオンの到着――、それから一呼吸を置き、今日、この夜会の最大の賓客の名を読み上げた。
「マリ王国国使、メネゼス海軍提督閣下、ご来臨です」
 抑えた感嘆が広間にうねり、その中に、続けてフィオリ・アル・レガージュの到着の宣布が続く。
 ファルシオンと共に広間に入ったのはメネゼスと、その副官と将校二名、そしてレガージュの交易組合長カリカオテ、領事スイゼル子爵――、ザイン。主賓のマリ王国国使も非常に稀な来客だが、交易都市フィオリ・アル・レガージュの交易組合長とその守護者が共にこうした場に訪れるのも珍しい。
 西海との激戦を一時的にも勝利という形で抑えた事に加え、この来賓の顔触れもまた、参列者達の中の熱量を増していた。
 ファルシオンはメネゼスを招いて歩き、拍手で迎える参列者達の間を進む。左右に分かれて立つ参列者達の中にレオアリスの姿を見つけ、金色の瞳を一度、輝かせた。
 二人はほどなく、上座に設けられた二つの椅子の前に立った。その傍には既に、スランザール、大公ベール、アスタロトが揃っている。
 護衛を努めるセルファンが、壁際に立つ。
 拍手と、楽の音はすうっと収まった。
 メネゼスは六尺を越える偉丈夫、その前に立つファルシオンはまだ僅か五歳の幼い姿だ。けれどメネゼスの姿に比しても、ファルシオンは幼い国王代理としての相応しい威厳を纏っていた。
 ファルシオンは胸に手を当て、おもむろに口を開いた。
「メネゼス提督、この度は、フィオリ・アル・レガージュとその民を救っていただき、改めて、心からお礼を申し上げます。そして、この場へお招きできたこと、再びお会いできたことを、嬉しく思っております」
 ファルシオンとメネゼスが向き合うのは、七か月ぶりだ。
 あの時の緊張を思い出したのだろう、ファルシオンはそっと息を吐いた。
 メネゼスが受け、一礼する。
「王太子殿下御自らこのような場に国賓としてお迎えいただき、光栄の至りです。また、我がマリ王国の民を保護していただいた事にも、御礼を申し上げます。本来、我が国の誇る産物を山とお持ちしたいところですが、恥ずかしながら間に合いませんでした」
 ですが、と続ける。
「フィオリ・アル・レガージュとの永き親交への感謝として、我が船団とは別に、この身が預かって来たものがございます」
 副官がメネゼスに歩み寄り、懐から取り出した筒状の書状を渡す。
 メネゼスは恭しい仕草でそれを、ファルシオンへと差し出した。
「アレウス王国国王代理、王太子ファルシオン殿下へ、我が王――マリ王国国王、イグアス三世より親書をお持ちしました」
 一枚の書状を鮮やかな赤い布紐で丸めたそれを、ファルシオンは受け取り、止めていた紐を解いた。
 書状を広げるファルシオンの動作に、メネゼスの言葉が重なる。
「我が王は、マリが貴国、友国アレウス王国と共にあり、その危急の時にあたっては助力を惜しまないと――私はこの親書と共にそう申し付かっております」
 広間に感嘆が広がる。
「この国にある間、我が船団を存分にお使いください」
「とても――とても、力がわいてきます」
 ファルシオンはメネゼスを見つめ、真摯な瞳を一つ、瞬かせた。
「今、ちょくせつお会いすることは叶わないけれど、私と、そしてこの国と国民からの心からの感謝を、どうぞメネゼス提督からイグアス国王陛下へ、お伝えください」
 ファルシオンはメネゼスに近寄り、その手を取った。
「そして、われわれもまた、貴国、マリ王国と共にあることを」




「レオアリス殿――」
 メネゼスは近付きながら両腕を広げ、レオアリスの右手を握ると、右肩を軽く当てつつ、左手で背中を二度ほど叩いた。
 身を戻し、もう一度強く手を握ってから、解く。
「久しいな。壮健であられたか――という挨拶は余り相応しくないのだったか」
 ザインから聞いたのだろう、右隣にいた彼をちらりと見る。
 レオアリスは握る手の強さに苦笑しながら、「メネゼス提督はご壮健のご様子、何よりです」と言った。
「レガージュの危機を救って頂き、私からもお礼を申し上げます」
「はは。半年で取って返すのは中々の強行軍だった。だがやればできるものだな」
 左目を塞ぐ傷を歪ませてにやりと笑い、声を落とす。
「だが、これで俺の気も晴れた」
 レガージュとの借りに関する事か、それとも西海への報復に関する事か、メネゼスはそう笑うと、広間の中央を振り返った。
「それにしても貴国の王太子殿下は、半年の間に見違えるほど成長されたな」
 レオアリスはメネゼスの視線の先、ファルシオンがいる一角を見て、頷いた。参列者への挨拶に、ファルシオンが歩いて回っているところだ。スランザールと、護衛にはセルファンと第三大隊隊士が二人、しっかりと付いている。
「とても、ご立派になられました」
「あの時、我が船にお迎えした際は、まだご自身の言葉に迷われるところもあったが、今は傍らのスランザール殿もただ見守っておられる」
 改めて、他国の人間であるメネゼスからそう評されると、誇らしく温かい気持ちが胸を満たすようだ。
 先ほどのやり取りも――恐らく参列者達は誰しも、ファルシオンの姿を誇らしく見ていただろう。
 それからレガージュの状況などについて話し、レオアリスはメネゼスに尋ねようと思っていた事を口にした。
「提督の船団は、火球砲を船腹に数門、新たに備えておられるそうですね」
「ああ!」
 メネゼスは破顔した。
「ケストナー将軍から報告が上がっているか。船体の構造調整が上手く行ったんだ。砲の発射時に船体に掛かる負荷が大きかったせいでな、これまで船腹には装備できなかったが、今は片側に最大八門、装備できるようになったぞ。その分少し腹が膨らんだがな」
 目を輝かせ、ひとしきり得意げに話し始めた。船の事は良く判らなながらも、熱の篭った言葉はいずれにしても興味深い。
 それにしても本当に、船の事を語るメネゼスは生き生きとしている。
(俺も、ハヤテのことなら同じくらい語れるな――)
「イグアス陛下は国を出る際、その新たな船団をお与えくださった。試験運行的な意味合いもあろうが、とは言え貴国を重視されている表れでもあろう」
 船体が重くなったことで喫水線が上がって――
 だが速度が――
 次砲発射までのため・・と――
 砲の角度が――
 時折傍らの副官にアレウスの言葉でどう言うのだったかと確認しつつ、滔々と語る。
 頃合いを見て、交易組合長カリカオテが水を向けた。
「メネゼス提督。貴方と話をしたい方々があちこちで待っておられる。そろそろよろしいですかな」
「これは、失礼した」
「お話、興味深くお伺いしました。もっとお聞きしていたいところですが……。また、後ほど――」
 メネゼスの熱弁は当面止まりそうになかったが、レオアリスはかなり本心からそう言った。カリカオテ達もメネゼスをまだ紹介して歩かなければならない。
 もう一度、メネゼスと握手を交わすと、カリカオテとスイゼルはメネゼスと副官達を案内し、ザインが一人、その場に残った。
「俺も散々聞いたぞ、あの御仁の船の話は。レガージュじゃ止める奴がいないからな」
 フレイザーとクライフがレオアリスからやや離れる。
 ザインはレオアリスへ、庭園への硝子戸を指した。
「レオアリス。少し話をしないか」

















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2019.9.29
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