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王の剣士 七

<第三部>

第五章『地平の燎火』


 
 王城は朝から、城下の復興とはまた別の慌ただしさに満ちていた。
 王太子ファルシオンが主催する夜会が、夕方の六刻から開かれるからだ。
 兵達への慰労、城下にとっては今年行われなかった秋の祝祭に代わるものとして、一晩だけの事ではあるが、王城から酒と料理が振舞われる。
 だがこの時期に夜会を開く一番の理由は、フィオリ・アル・レガージュの戦いで助力を得た、マリ王国への謝意を示す為でもあった。



「メネゼス提督か」
 正装を纏い、肩から流した長布をフレイザーに整えてもらうに任せ、レオアリスは春に会ったマリ王国海軍提督の姿を思い返した。
 隻眼の偉丈夫、厳しく理知的な眼差しの持ち主だ。
 三の鉾ヴェパールがマリの交易船を沈めたあの事件は、マリ王国との戦争にも発展しかねないものだった。それを最終的に収める事ができたのは、メネゼスの協力も大きい。
「終わりました。いいですよ」
 フレイザーは最後に襟を整え、レオアリスの肩をそっと二回、叩いた。
 硬い立襟をしっかりと留めるから、やや息苦しい。有難うと言うとどういたしまして、と微笑みが返る。
「メネゼス提督とお会いするのは半年振りですね。こんなに早くまたお会いするとも思っていませんでしたけれど。船団がマリに戻るのもひと月はかかるようですし、メネゼス提督は今回の西海侵攻を知って、すぐに国内で対応してくださったんだと思います」
 国内を説得し、軍船を整え、再びレガージュへ。
 半年の内にそれを成した事に感謝の念を覚えるとともに、驚嘆も感じる。
「統率力の塊みたいな人だったからな」
 とても厳しく、けれどある意味、国使として赴いたファルシオンとその年齢とは関係なく正当に向き合った。
 ファルシオンは随分学ぶ事が多かっただろう。
「ファルシオン殿下も、お会いになるのを楽しみにされているでしょうね」
「そうだと思う」
 何となく、あの時のレガージュの空気の熱さが想い起こされるような感じがする。
「色々、話ができるな」
 懐かしさを覚えつつ、レオアリスは、あ、と思い当たった。
「そういやマリ語、勉強してなかった」
「マリ語ですか。そう言えば。殿下には通訳がつくでしょうけど、我々はさすがに」
 フレイザーも少し困った顔をした。
 結局あの時はロットバルトがマリ語での対応をしたのだ。
 あの時も、そしてこれからはマリの人々とは会う機会も多くなるだろうから、簡単な会話位はできるように勉強しておかなくてはと思っていたが、その時間も無かった。
「ロットバルト、せめて挨拶の言葉くらい――」
 レオアリスは振り向きかけ、それから、息を吐いた。
 これでもう二度目だ。
「……慣れないな」
 頼り切っていたのが身に染みて判る。
 クライフが苦笑する。
「あいつほんと、いちいちうるせぇけど何でもやってくれる奴でしたからねー。俺の資料もどこやったか全然出てこなくて」
「貴方はいつものことでしょ。だからちゃんと片付けないとって言ってるのに」
 フレイザーに叱られてクライフははぁーい、と伸びた声を出した。
「でもそうすっと上将、今日の夜会、対応は上将自身でやるんすね」
「――え?」
 レオアリスは眉を寄せた。
「ご機嫌伺だの、天気だの、あれやこれやゴテゴテ話さなくちゃいけないでしょ。――代理もあんま張り付いてられねぇだろうし、俺とフレイザーは横にいますが、社交は得意じゃねーし」
「否定はできないわ」
「復位して初めての場だから、結構ややこしい話が出そうですね」
「――」
 不安そうなレオアリスを見て、クライフは少し慌てた
「な、何とかなりますって! 俺とフレイザーが頑張ります。ほら、まずはメネゼス提督と話せばいいし」
 言葉の問題は置いておいて
「ほら、レガージュのザインも来るんでしょ、二人で話してりゃ邪魔もされにくいと思いますし」
 何ならさっさと会場を抜け出せばいいし
「まあ今まで園遊会やらなんやら、ほんの少しじゃありますが経験積んできましたし、上将なら大丈夫ですよ! たぶん」
 やだなぁ――
「上将?」
 レオアリスははぁ、と重苦しい息を吐いた。
「……なるべく端っこにいような」
「そっすね!」
 執務室の扉が叩かれ、事務官のウィンレットが顔を出した。まだ午後の二刻、王城へ向かうには早い。
 フレイザーが近付き、ウィンレットから一通の封筒を受け取る。
「使者が来ています」
「使者?」
 差出人を見て、フレイザーは微かに眉を寄せた。
 薄い青の封蝋で閉じられた封筒を開き、白い書状を取り出す。
「フレイザー? 誰からだ? 今日の急ぎの用件なら夜会は仕方ない、そっちを優先して――」
 フレイザーが手にした封筒と書状を差し出す。
「上将。夜会の前に面会が入りました。少し早くここを出ましょう」
「面会?」
「ヴェルナー侯爵――その長老会筆頭、ルスウェント伯爵です」
 窓から差し込む陽射しがふと、翳る。
 クライフが不審そうに、フレイザーとレオアリスの間の書状を覗き込んだ。
「ルスウェント伯爵って確か、財務だろ。今まで会った事あるか? さすがに財務としての用じゃねぇだろうから長老会だろうけど、何でヴェルナーの長老会が上将を呼び出すんだ?」
「署名も長老会としての物ね――」
 フレイザーの表情も硬い。長老会という響きは、どうしても重苦しさを与える。長老会が出る時は大抵が、その家に関わる重要案件の審議や解決の為だからだ。
「先日行われた十四侯の協議で、ヴェルナー侯爵が後見を宣言したから、多分その事よ」
「あれはだから、復位にって事だろう。後見って訳じゃ」
「十四侯の場でそう言ったのなら、後見を宣言したのと同じですよ」
 フレイザーはレオアリスから封筒と書状を受け取り、もう一度そこに書かれた内容を確認してから、丁寧に封筒に戻した。
「上将一人か? 俺達同行できんの? つぅかロットバルトもいるんだろうなぁ」
「判らないけど――でも一人、随行が同席できるわ。私が行きましょうか」
「頼む。俺よりはフレイザーの方がいい」
 クライフは素早く頷いた。
「使者が馬車に待機してるから、四刻にここを出ましょう」

















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2019.9.23
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