Novels


王の剣士 七

<第二部>
~大いなる輪~

第三章『黎明は遠く、風は嘆きの歌を歌う』

十二

 立ったままで待っていたルスウェントはロットバルトを迎え、一度その面を見つめた後、深く頭を下げた。
 そのまま数呼吸の間、身動ぎもせず顔を伏せるルスウェントを、ロットバルトもまた、彼がこうして持って来たものが何か、それを想定しながら、促すこともなく待っていた。
 ルスウェントが静かに顔を上げる。
「ロットバルト様。ヘルムフリート様が、毒を」
 ロットバルトは呼吸を止め、ゆるく瞳を見開き――ややあって、ごくゆっくりと、吐いた。
 ルスウェントがその場に膝をつき、深々とこうべを垂れる。
「衣服の帯に隠し持っておられたらしく、侍従が気がついた時には、既に――。申し開きはございません。私共長老会の落度であり、長老会一同、このそしりと処罰はいかようにもお受け致す所存でおります」
「――」
 ルスウェントが持って来たものが十割厄介事だろうと想定はしていたが、ヘルムフリートの自害は想定外だった。
 恐らく。
(恐らく――?)
 ふと自問自答する。
 想定外? そうだろうか。
 あの兄ならば――ヘルムフリートならば確かに、この先の裁判を待ち罪科を受ける不名誉よりもその道を選ぶ事は、それなりに理解でき、想定できる。
 そもそもが、ごく通常の対処の一環だ。
 それを想定せず、その対処を指示していかなかったのはロットバルト自身の落ち度でもあり、ルスウェントの言うように長老会の落ち度でもあるだろう。
 何故それをしなかったのか。
「……ああ」
(そうか)
 目の前のルスウェントに視線を移せば、ルスウェントは面を伏せ声の響きは低く、だが明確な意思のもとに続けた。
「名誉を守られる為にお選びになった道だと、考えております。ヘルムフリート様らしく」
 名誉を守る。
 何の名誉なのか。
 何が名誉なのか――
(呆れる世界だ)
 それだけの価値がどこにあると、ヘルムフリートは考えたのか。
 不快さが込み上げる。
 ただそれは、思考のある一点ではそれが最も問題の少ない手段だと理解している、自分自身へのものだ。
 そして目の前のルスウェントもまた同じだろう。
 それをどう批評するかは別の話だ。
「ルスウェント伯爵、一度だけ問う。その後は二度と問わないだろう」
 その問いもまた、彼等がその組織を保つための儀式に過ぎず、それを双方が理解している。
「促してはいないな?」
「誓って」
 ルスウェントは揺るぐ事なく、明瞭に告げた。
 これだけで終わりだ。
 それでいい。
「――報告は了承した」
 自分が、あれほど遠ざかろうとしていた父侯爵に近付いていくのを感じる。
(となれば兄の方が、いっそ違うものを築けたのかもしれないな)
 皮肉な話だ。
 つまり自分は、この・・場所・・に居なければ、初めからそこから遠ざかる事などできはしないのだろうと、そう思う。
「ロットバルト様」
 そこで為すべき効率の良い手段など限られている。
 敢えて別の手段を探そうとする意味も大して無い。
「貴方には本日より、前当主ジーグヴェルト様を継ぎ、ヴェルナー侯爵家を支える柱となっていただく必要がございます。内政官房との関わりもありますれば、当面の間、これまで以上に御身は御多忙になられましょう」
「――今さら、持って回った言い方をされますね」
 ルスウェントが苦笑を浮かべる。
「申し訳ございません。では率直に申し上げさせていただきます」
 膝をついたまま、だが今度は頭を伏せず、ルスウェントは見下ろす若い当主の双眸を見据えた。
「ヴェルナー侯爵家の当主が近衛師団の一士官を兼ねられるのは、長老会としては問題があると考えております」
 ロットバルトの無言の問いに、ルスウェントは敢えて言葉で答えた。
「貴方が、御判断を」












 意識が次第に朦朧として来る。
 身体の奥の方から重く、石のように固まっていく感覚だ。
 これが、剣による眠りだろうか。
 自分が無機質な何かに変わっていくようで――
 怖い。

 怖い?

 何が怖いだろう。
 守れなかった、成し得なかったことの方がよほど恐ろしく、許されない。


 駄目だ

 今はまだ。

 あと少し――








前のページへ 次のページへ

Novels



2018.2.4
当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します。
◆FakeStar◆