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王の剣士 七

<第三部>

第二章『冥漠の空』


 朝を迎えてもまだ、渓谷に浮かぶ台地は淡い陰の中に沈んでいた。
 カラヴィアスが用意してくれた飛竜が七頭、最初に降り立った台地に翼を畳んで待機している。
 アスタロト達は朝日を背に立つカラヴィアス達を向かい合った。
 カラヴィアスと、会談の際にもいた二人の男、カロラス、レーヴァレイン、そしてティルファング。二人の男の内一人は細長い包みを抱え、もう一人は小さな木箱を手にしている。
「飛竜を貸していただき、有難うございます」
「目的地に着いたら、そのまま放してくれればいい」
 それと、と言ってカラヴィアスは付け加えた。
「一つ約束をして頂きたいのだが、この場所については他言無用に願いたい」
 それは、と言いかけてアスタロトは首を振った。
 王都に報告を上げる必要があったが、剣士達を見て頷く。
「判りました」
「期待に添えなかった事を、改めて侘びよう。だがあなた方が理解を示してくれた事に礼を言う」
 もう一度だけ、助力を請おうと思っていたアスタロトは、何も言えずに口を噤んだ。
「ザイン」
 カラヴィアスは傍らの男が抱えていた包みを受け取り、ザインへと差し出した。麻の布の包みは一尺ほどで細長い。
「右腕を失っていては何かと不便だろう。餞別にこれをやろう」
 カラヴィアスの手が包みを解くと、そこから現われたのは鈍い銀に輝く籠手だった。いわゆる重装歩兵が全身を覆う鎧の肘から先の部分で、ただ正規軍兵士が身に付けるそれよりもずっと洗練された造りに五指が接続している。
「義手だ。右腕用のものは錆び付いていたからな、一晩掛けて整備し直した」
 ザインは受け取ったその籠手を束の間見つめ、それから顔を伏せた。
「――感謝する」
「今から着けて慣れておけ。いざという時意識外でも不自由なく動かすには、日々の訓練が必要だ。カロラス、悪いが着けるのを手伝ってやれ」
 カロラスがザインを手伝い、籠手の革帯を肩と胴に回して金具で留めると、籠手は違和感なく右肘に固定された。
 何となく見覚えがあり、アスタロトは斜め前に立つレーヴァレインに瞳を移した。
 彼の左手に。
 昨日、その袖口から、銀色の金属の表面のようなものが覗いていた。
 視線に気付いたレーヴァレインが微笑み、はっとして瞳を戻す。
 詮索をすべきではない。
 ザインは初め眉を寄せ、自分の右腕の籠手を睨むように見据えていた。
 二、三呼吸の後、初めに親指が動き、手首が跳ねるように曲がる。
 時間を要するかとも思えたが、すぐに五指はとても精巧に動くようになった。
「自分の手だと思え。当然、剣は現れないがな」
 苦笑交じりに言うと、次にカラヴィアスはアスタロトへと向き直った。
「アスタロト公爵。僭越ながら、貴方にはこれを」
 もう一人の男から木箱を受け取り、アスタロトへと差し出す。
 堅い木材を組んで彫刻を施した、美しい箱だ。
 その中に入っていたのは、一枚の艶のある板だった。
 貝殻のようなものを磨き上げたのだろうか、扇状で薄く、縁は透き通るようだ。子供の拳ほどの大きさがある。
 何より、柘榴を溶かして固めたような光沢と、深い赤。
 傍らでアーシアが身を竦めたのが判った。
 カラヴィアスがアーシアの様子に気付き、微笑む。
「心配する事はない」
「これは」
「これは加護だ。貴方に相応しいと思ってね。一度のみのものだが、その一度が窮地を救う事もあるだろう。その程度だがね。依頼に答えられなかった詫びといったところだ」
「加護――」
 揺らめく炎がそこにあるようで、アスタロトは束の間その輝きに見入り、そして息を吐いた。
「ありがとうございます」
「この時間に発てば、レガージュには夕刻には着くだろう。道中気を付けて行かれよ」
 もう一度礼を言い、アスタロトは蹲っている飛竜へと足を向けた。一頭はザインが使い、後の六頭にアスタロトとアーシア、そしてアルノーや兵士達が二人ずつ乗れる。
 自分の前を通り過ぎたザインに、カラヴィアスはああ、と呟いた。
「忘れるところだった。ザイン、もう一つ、これも持っていけ」
 カラヴィアスが投げた小さな皮の袋を、ザインは今着けたばかりの義手で受け取った。袋の中で硬いものが触れ合う音がする。
「これは」
 中身を覗き、ザインは感謝と喜びを面に浮かべた。
 皮袋に収められていたのは、親指程の硝子の三つの小瓶だ。取り出した小瓶を満たす淡い金色の液体が光を弾く。
「いいのか、長。貴重な薬だ」
「構わん。ここ三百年で剣を失った間抜けはお前くらいだよ。さっさとその剣を戻せ」
「有難う」
「今度はお前ではなく、我が姪の顔を見せに来い」
 ザインはもう一度、改めてカラヴィアスと向き直った。
「落ち着いたら連れて来る。ユージュも貴方に会いたいだろう、姉上」



「無駄足だったね」
 飛竜の手綱を取り美しい鱗を手のひらで撫でながら、アスタロトはその言葉を掛けた少年を振り返った。
 ティルファングがそこに立ち、少し離れていたレーヴァレインが呆れた顔でその腕を引く。
「謝るって言ったよね。第一無駄足じゃあないよ。話さなくちゃ判らない事だった」
「――でもやっぱり、無駄じゃない?」
「そんな事ないよ」
 アスタロトがきっぱりと首を振り、それが意外な言葉だったのか、ティルファングが眉を寄せる。
「何で? 何の成果もないだろ」
「貴方達に会えた」
「だからそれだけじゃ」
 アスタロトは胸の中の想いを零すように、静かに息を吐いた。
「レオアリスが独りじゃないって、判ったから」
「――」
 ティルファングは眉根を寄せ、ふい、と顔を反らして歩いて行く。
 カラヴィアスは黙ってそれを眺めていたが、ちらりとザインへ視線を流し、返ったザインの眼差しに、口元に複雑な笑みを乗せた。
 飛竜に跨るアスタロト達を、その視線が見送る。
「あなた方の御武運を――」










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2018.9.9
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