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王の剣士 七

<第三部>

第三章『西へ吹く風』

二十三

 潮騒が皇都イスの周囲を取り囲み、絶えず流れていた。
 その音は、海中では耳にする事の無いものだ。
 水平線上に太陽が落ち、一刻。既に海原からは光が失われ、西の果てに一筋の朱を残しただけの空と相まって、黒々とどこまでも広がっていた。

 フォルカロルは眼前に広がる兵の群れを、悠然と見渡した。
 海面よりもなお黒く、視界一面を埋めるほどの大軍だ。
 西海軍は三の鉾を筆頭に、四人の将軍が率いる。
 西海の古来種である原種とかつて地上から降りた変異種からなる、将軍プーケール率いる第四軍、五万。
 小変異種で構成される、将軍ヴォダ率いる第三軍、三万。
 原種、変異種、小変異種の混成からなる、将軍レイラジェ率いる第二軍、四万。
 そして水人種――その姿に最も地上の名残を留めた、海皇と変わらぬ形を持つ優位種と、小変異種とで構成される、フォルカロル自身の率いる第一軍、一万。
 更に外周に並ぶのは、虚ろに身体を揺らす死者の軍。これまでに討ち果たしたアレウスの兵、そして討ち果たされた自軍の兵すらも呑み込み、今やその数は二万近くに膨れ上がっていた。
(我が戦力は総勢十五万、加えて無限に生み出せる使隷――。これらを掌握するこの私が、地上の軍に何の遅れを取ろうか)
 対する地上アレウスの軍は大戦時よりもその数を大きく減らし、八万余。そして開戦以来、一万を超える兵を失い更に弱体化している。
 これまでアレウスの最大の障壁と言えるのは、法術院、炎帝公、そして剣士だった。
 だが炎帝公アスタロトは未だ炎を取り戻したとは聞かず、法術院もまた、王城の防御陣を復活させてはいない。先日放った使隷が赤の塔まで近付けたのがそれを裏付けている。
 そして内部には、混乱を抱えている。
 今日――
 大戦の剣士の血を引く者もまた、玉座を守る事すらできない状況にあると、そう報告があった。
(今、我が前を妨げるものは何もない――)
 フォルカロルは口元に、うっすらと笑みを浮かべた。
(かつて大戦の剣士一人に、我が軍は三日の内に五千近い損害を蒙ったなどと、怖気付く者もいるが)
 大戦に参加していたレイラジェやヴォダ、そして不甲斐ない三の鉾達が、敗戦の言い訳をしたに過ぎないのだろう。
 海皇はフォルカロルに西海軍十五万、全軍の指揮を与えた。
 正確にはフォルカロルの上にまだナジャルがいるが、これはフォルカロルが軍の全権を掌握する、好機でもあった。
 彼我の戦力差は今や瞭然としている。
 揺れる兵の群れを眺め、フォルカロルは手にした三叉鉾を、悠然と頭上に掲げた。暗い濃紺の空に、三叉鉾がじわりと赤い光を宿す。
『進め――!』
 兵の群れが波打つ。
『我等西海の地上への復権を、海皇陛下へ捧げよ!』
 号令一下、西海の兵達は、あたかも一つの巨大な生物のように、その重い身体を動かし、海原を更に黒く染めながら広がり始めた。








 深夜。
 北方軍、ランドリーより急報が飛び込んだ。
 アスタロトは王城の正規軍総司令部へ駆けつけ、まだ呼吸が整わないままに、タウゼンの厳しい面持ちと向かい合った。
「タウゼン、一報は、本当か」
 タウゼンが頷く。
 その声は深い夜を更に重く押し潰すように響いた。
「西海が、進軍を開始しました」
 鼓動が聞こえる。
 それは半年前にバージェスで聞いた、西海の打ち鳴らすあの太鼓の音のようだった。
 進軍。
 必ず来るだろうその時がいつになるかを、ずっと恐れていた。
(今――)
 こんな時に、とそう思った自分の心に、アスタロトは首を振った。
(今だからだ)
 なぜ今動き出したのか、それが判る気がした。
「第二報が今しがた届いたところです」
 タウゼンがそう言い、自分の前にいる伝令使を示す。
「第二報によると、総数およそ十五万」
「十五万――」
 その数は正規軍の正編成八万四千を上回っている。そして今は更に、正規軍の兵数は減っていた。
「バージェスへ再び上陸後、バージェス手前に陣を張っていた北方第七大隊中隊千が、壊滅――西海軍は更に進軍を続けていると」














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2018.5.19
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