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王の剣士 七

<第三部>

第四章『空の玉座』

二十五

「聞け――!」
 中層西大通りに展開する第一大隊中軍の上空に飛竜を滑り込ませ、クライフは声を張り上げた。
「西海軍指揮官、三の鉾は、王の剣士が討ち取った!」
 クライフ自身にとって、その言葉にどれほどの誇りを覚え、鼓舞されるものか――彼の心中と同様に、西海兵との戦闘の合間に見上げた隊士達の間から歓声が沸き起こる。
「上将が――」
「上将が戻ったって――、本当かよ!」
「クライフ中将が言ってんなら本当だ!」
「王の剣士が西海の指揮官を討ったぞ!」
 一瞬にして通りは歓喜で埋め尽くされ、対照的に、それまで対峙していた西海軍兵士達は場の空気に打たれ、じりじりと後退った。
 クライフが飛竜を滑空させながら、手にしていた槍を放つ。
 空を切り裂いた槍は西海軍の将校の喉に突き立った。
「さあ作戦通りだ、動け!」
 大通りを中心に防衛していた第一大隊は中隊五百、対する西海軍もおよそ五百。
 それまで王都侵攻の動揺が隊士達の動きに影響を及ぼしていたが、今はまるで違う集団のように勢いを増し、西海兵へ打ち掛かった。
 何より、これからすべき事は明確だ。
「毎日あれだけ訓練したんだ、道は熟知してるな?! シャーレ!」
「任せてくださいっ!」
 剣を抜き放ち、コウや隊士達と共にシャーレは西海兵を押し込む。
 大通りから路地へ。
 複雑な路地を巧みに使い、意図通りに追い込む。
 そして路地から、運河へ――
 近衛師団や正規軍の兵士達には、王都が戦場になると考えている者は無かっただろう。とりわけシャーレや正規軍の新兵達にとって初陣を西海との戦いで、しかも王都で迎えるとは誰一人考えていなかった。
 だがそれも終わりが見えて来た。
「もうこいつらは死に体だ、恐れず追い込め! ヴェルナー中将・・の策だ、俺達の勝利は保証されてる!」
 上空からの指示は王都の各区域で同様に飛び、正規軍、近衛師団が西海兵を運河へと追い込んで行く。
 西海兵達は押し留まる術も、気力も無く、もと出て来た運河へと雪崩のように落ちた。
 運河が追い詰められた西海兵達で埋まって行く。
 その様を見下ろし、クライフは懐から白い玉石を一つ、取り出した。石に刻まれている術式は一つ、その示すものは『光』。
 右手に握り込み、背を反らす。
「これで――行ける・・・ぜッ!」
 思い切り上空へ投げ上げたそれが、一筋、白い光の筋を立ち上げる。
 周囲を見れば、王都の街の複数の区画で、今クライフが創り出したものと同じ光の筋が立ち昇っていた。
 西海兵を運河へ追い込んだ合図だ。
「よし、次は――」
 視界を一瞬、光が染めた。
 クライフはその光を追って空を見上げ、すぐにそれを見つけた。
 光の筋とはまた別の、黄色味がかった光陣、法陣円が、王城の尖塔の上に傘のように広がっている。
 あれはクライフ達の光の筋を見て、ブレゼルマが敷いたものだろう。
 その法陣円の上に、法術士達の姿が照らされている。
 別の光を感じて視線を下に転じれば、西海兵を追い込んだ運河は、その左右を光の障壁に覆われていた。
 ブレゼルマと法術士達の法術によるものだ。
 狙いは二つ――、西海兵を運河へ閉じ込める為と、街への被害を及ぼさない為と。
 光る障壁に覆われ、運河そのものが街から浮かび上がるように見える。
「法術院が整ったな」
 王都のあちこちの区域から空へ、光の筋が上がるごとに、その区域が運河からの光に更に明るさを増す。
 次第に王都は、自身の内側から光を透かすように、夜の中にその形を浮かび上がらせた。
 クライフは視線を横に流し、一番近い時計塔を探した。
 ほぼ同時に、鐘の音が、一斉に王都へ響く。
「地政院」
 三手目だ。
 王都の住民には馴染みの音――王都の各地区にある時計塔が鳴らす鐘の音。
 運河の堰を解放する、その合図。
 視線を下に転じれば、まだ残っていた住民達が、日頃から習慣となっていた行動で、放水の影響を受けない場所へと避難して行く姿が見えた。
「良し」
 左の掌に右拳を打ち付ける。
「まためんどくせぇ戦術立てやがったが、大分いいじゃねぇかこの連携――」
 王都全体に張り巡らされた運河から西海軍が侵入したのであれば、それをもう一度利用する。
 軍が残兵を運河へ追い込み、地政院が運河各所の堰を一斉に開く。
 流れ下る水の勢いを用いて西海兵を王都外へ、一息に押し流す作戦だ。
 法術院が街への溢水を抑え、そしてもう一つ、水を媒介とする西海軍を抑制する為に、運河の水にある付加をかける。




 ロットバルトは再び上空へ上げた飛竜の背から、視線を王城の尖塔へ向けた。
 街の下層、中層の全区画から光の筋が立ち上がり、その筋を吸い込んで花開いたような法陣円が空に浮かんでいる。
 王都に流れる鐘の音。
 この最後の仕上げは、大公、ベールが担う。




 ベールは王都を見渡す塔の一つに立っていた。
 堰の解放を報せる鐘の音が街に重なり合って響き、王都上空には黄色味がかった光陣が一つ、花開いている。
「なるほどこれならば、西海に対して私も多少は役に立つ」
 右手の掌を下に、空へと伸べる。
 その手の周囲の空気が、ひりつく緊張を帯びた。
 空気が収斂し、凝縮していく。
 四大公爵家と称し、列せられるその理由の一つとして、南方公は炎を有し、西方公は風を統べる。
 北方公ベールが収めるのは、水――
 大気中から水を生成する。
 王都を覆う空気の温度が、ごく僅か、じわりと上がる。
 一呼吸後。
 東西南北、王都を縦横に流れる運河の水が、豪雨の直後のように膨れ上がった。
「もう一つ」
 空へ伸べた右手を返し、握り込む。
 膨れた水の中に、無数の結晶が浮かぶ。
 数百、数千、数万――
 薄く、鋭い先端を持った刃に似たそれは、氷だ。
 ベールは右手を下ろした。
「西海軍を排斥する本来の目的と同時に、この局面での軍部、地政院、法術院の連携は今後の実績になる。現状の基盤を強固にする方策としても価値があるだろう」




 王都に鳴り響いた鐘の音は尾を引いて家々の屋根に消え――
 膨れ上がり堰を切った水は法術の障壁が覆う運河の中を、轟く音と主に流れ下った。
 氷の刃を含み、下るごとに勢いを増して流れ落ち、運河へ追い込まれた西海軍へと襲いかかる。
 逃れようともがく兵達を飲み込み、氷の刃が切り裂き、押し流した。





 











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2019.8.4
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