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王の剣士 七

<第三部>

第九章『輝く青 3』




 一番初めにあの光を意識したのは、いつのことだっただろう。
 記憶にないほど幼い時――物心がつく前のことだったように思う。
 気が付けばもうずっと、心の奥底にあるその光を追っていた。
 それが何かなど全く判らず、自分が何者かなど露のひと雫ほども知らず、ただ心の奥にその光は在り続け、温かく灯り続けた。
 それが王の纏う黄金だと知ったのは、王都に来て、王を目にした時だ。
(違う。その前に……剣が覚醒したばかりの時だ)
 制御できない自らの剣を持て余し、自滅しようとしていた。その剣に、誰かが触れた。
 剣に落ちた黄金の光――それが、自分の内に在り続けた光だと、その時解った。
 王都で、御前試合の後、王を前にして、その光の持ち主がこの国の王だったのだと知った。目の前に座す姿に深い喜びと思慕を感じたのを、昨日のことのように覚えている。
 子が父を慕うようだと、そう周囲にそう言われる都度気恥ずかしさも覚えたが、それに近い感情でもあったのだと、そう思う。
 その傍にあれば畏怖を覚え、畏敬を覚え、そして包むような温もりを覚えた。ずっとそうだ。

 それでも初めは、剣士の剣が主を選ぶのだということなど、レオアリスは知らなかった。それを知ったのは、初めて会った同じ剣士である、バインドとの戦いの時だ。
 ジン――父や母、そして滅びた一族のことを知った。彼等と育ててくれた祖父達との繋がりを。
 剣が、主を選ぶのだということを。
 レオアリスの剣の主は、いつから王だと決めていたのだろう。王に会った時からだろうか。
 四年前、王都で――それとも、生まれたばかりのレオアリスを、王が炎の中から掬い上げた時に。
 それとも、王がレオアリスを、自らの剣士と、そう呼んだ時からか。
 そうかもしれない。
 レオアリスが望み、剣がそう望み、そして王がそう定めた。

 その響きがどれほど誇らしく、力強く、光を投げ、レオアリスに幸福をもたらしたか。
 自分が剣士である事と王への憧憬は、レオアリスにとってほとんど同義だった。
 この国で与えられた地位は、レオアリスの過去も考えればそれこそ異例のもので、その立場にあることを困難でも有り難いと考えてはいたが、それでもレオアリス自身が望み続けたのは、ただ剣の主である王の傍に在ることだ。
 その為に地位が必要なら、その地位に相応しくあるように、自分を置いた。
 もし王が王ではなく、別の存在だったとしても、レオアリスはそのひとに相応しく、そしてその傍に在れるよう望み、動いただろう。
 剣士だからといって、必ずしも主を選ぶ訳ではない。
 ただ、時を戻し、何度道を歩き出しても、きっと――必ず、レオアリスはこの存在の前に立つ。
 確信を持ってそう言い切れるほどに、王という存在はレオアリスにとって、代わりなど有り得ないものだった。

 剣の主。
 ただその前に在ることだけが、幸いだ。



 視界が滲み、一呼吸置いて、その理由に気付く。
(何で泣いてるんだ――)
 拭っても拭っても、その後から零れ落ちる。
(こんなの、必要ない)
 泣く必要などない。
 王はここにいるのだから。
 以前と変わらず、その姿すら知らなかった時と変わらず、レオアリスの前に。


 喉の奥の熱を持つ塊が、押し広がるようだ。
 苦しい。本当に息が。


(ここにいる――いるんだ)
「苦労を掛けた」
 まるで王都の玉座で発するように、王の言葉は以前と何も変わりなく耳を捉える。
「そなたにも、皆にも。私が地上にいなかった僅かな間に、多くのものが変わったようだ」


 どうして涙が止まらないのだろう。
 王がここにいる。
 感じるのは喜びのはずなのに。


「もう良い。こうして私が戻ってきたのだから。もう全て、終わる」
 深く心地良い声の響き。
 その声が自分へと向けられる度に、身を震わすほど嬉しかった。
「――陛下――」
 こうして、その存在の前に在り、言葉を交わしていることが。


 苦しい。


 レオアリスは両手を握り込んだ。
 その手の中に剣は無い。


 鳩尾の奥がじりと熱を持つ。
 腹部、胸、喉も、手足も、指先にすら熱が――痛みが欠片のように散っている。
 半年前に砕けたそれ。
 その欠片が、すべき事があると訴える。
 今すぐに。


「もう良い。全てこの私に預けよ」


 王の手が伸びる。
 その指先がレオアリスの髪に触れた。
 半年前、あの夜の庭園で、王の手がレオアリスの髪を撫ぜたように。












「防御陣の二重敷設完了、ボードヴィル全域に展開します」
 伝令兵の声がタウゼンのもとへ鋭く届く。
 一呼吸後、ボードヴィルの街全体を覆い、白く輝く壁が立ち上がった。
 薄い幕か硝子のようなそれが二枚重なる。創り出すのは、城壁後方上空に並ぶ四十名もの法術院術士達だ。
 ゆらりと揺れる光がボードヴィルの砦城と街を、昼の中にも白く幻想的に浮かび上がらせる。住民達は昨日の内に戦闘を避けてボードヴィルを離れ、ほぼ無人の街の屋根や黒い板壁、路地が法陣の光に白々と照らされた。
 タウゼンは白い光に面を照らされながら、その眩しさにやや双眸を細め、城壁からシメノスを見下ろした。シメノスというよりはその上、両岸の岸壁を渡って架けられた、闇の橋を。
 そこを海皇は、油の切れたぜんまい人形のような動きでありながら、既に半ばまで渡っている。
 数百本を放った大型弩砲アンブルストの矢は海皇が纏う闇に触れれば溶け、城壁からの攻撃は完全に沈黙していた。緊張に縛られ、空気はひりつき重い。
 タウゼンが上げた手に、法術士、兵達の意識が集中する。
「法術士団、光弾を集めろ。あの闇の橋ごと、シメノスへ落とせ」
 ボードヴィルを覆う二重の防御陣の上空に、正規軍法術士団が展開する光弾陣が五十、ずらりと並んで光る。
 次の瞬間、五十もの陣は無数の光弾を、闇の橋と海皇の上に斉射した。
 豪雨に似て光の雨が降る。一瞬、太陽がそこに落ちたかのように眩い輝きを束ね、視界を真っ白に埋めた。
 タウゼンは、そして城壁の正規軍兵士達も手を、或いは盾を翳し、眩い光に包まれたシメノスへ目を凝らした。
 周囲を灼いた光が次第に薄れていく。
 光弾が海皇の身体を撃ち抜いたのではないかという期待――それはすぐに呻き声に変わる。
 正確には、闇の橋は全て撃ち抜かれ霧散していたが、海皇の身体はシメノスに落ちたものの河面に留まっていた。光弾に撃たれ一部消失した身体が、見る間に元へ戻っていくのがわかる。闇が再び湧き起こり、寄り集まり、喪っていた左手が戻る。
 右手には三叉鉾が、黒々と闇を纏わせたままほんの少しも変わらず握られている。
「……信じられん」
「あれほどの光弾を――」
 兵達の驚愕と不安を滲ませた呟きを背に、タウゼンは再び片手を上げた。
「光弾は効果がある! 第二射――、第三射、第四射を連続して放て」
 海皇を創り上げているのはナジャルの闇だ。レオアリスの剣も、アスタロトの炎もあの闇を消滅させられていない。
 それは理解した上で、今は法術による攻撃と防御を徹底して行う他ない。
 レオアリスか、アスタロトが戻るまで、時を稼ぐ。総力を持ってすれば或いは可能ではないか。
(海皇がここにいる。ナジャルはシメノスから消えた。どこに――)
 ナジャルの前に最後まで残っていた闇は。
「――撃て」
 先ほどよりも更に眩く、光弾が降り注ぐ。続いて三射目、更に第四射――世界を埋めるほどの光量だ。
 シメノスの水は一瞬で蒸発し、両岸を削り、その地形を変えた。音が轟き耳を圧する。
 視界を染める光の束の、一点に、黒い染みが生じた。伸びる。
「閣下!」
 誰か――ハイマンスの声だ。身構えた瞬間――タウゼンの耳元を甲高い笛のような音が過ぎた。
 風を感じる。
 気が付けば右腕から、血が噴き出していた。
 右腕が、二の腕の半ばからほぼ断ち切られた状態でぶら下がっている。
 だが、それよりもタウゼンは、自分の前に立っていた人影が、ただの人形のように倒れるのを見ていた。
「ハイ――」








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2021.2.7
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