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王の剣士 七

<第三部>

第九章『輝く青 3』

二十二



 青白い閃光が雷の如く地に突き立つ。
「始まった――」
 ボードヴィル砦城城壁、そしてその前のサランセラムの丘に並び南岸を見つめる兵士達が、誰ともなく呟く。
「終わるのか……」
「終わるに決まってる。炎帝公がいて、アルジマール院長がいて、王の剣士がいる」
 そしてあれほど、剣士達が戦いに参加しているのだから。
 消し切れない不安、反面の勝利と終戦への期待は誰の胸にもあり、始まったばかりの戦いの行先を、息を呑んで見つめていた。


 砦城の尖塔からもその光が見えた。
 ファルシオンは彼にはまだ高い位置にある窓から、胸から上を乗り出すように手をつき、南岸の光を見つめた。
 最後の戦いが始まったことを告げる光。
 目の奥に光の余韻を刻み、それが長く残った。
「皆――」
 首からかけた青い石を両手で握り、ファルシオンは身動みじろぎもせずじっと南岸へ視線を向けていた。




 剣が空を断ち、青く爆ぜる火花を纏う。
 白く鋭利な刃が地に立つナジャルの額を捉える。
(変化する――)
 その感覚があった。これまで同様に。
 レオアリスの剣はナジャルの影のみ切り裂き、地を深く断った。
 大地から返る衝撃を利用して身を斜めに捻り、ナジャルから湧き起こった霧のような闇の中から、突き出した複数の闇のを躱す。
 それぞれ異なる方向からだ。
「三体」
 複数の気配が闇の向こうにある。
 ぞくりと、肌が粟立った。
 陥没した地面を避けて後方へ降り立ち、直後、突き出した闇を断つ。
 空から二つ、夜の中に白い光の筋が地上に降りる。
 風が鋭く、辺りを覆う闇を吹き払った。
 プラドの剣だ。
 カラヴィアスの剣が闇の塊を一つ、横薙ぎに切り裂く。
「削り続けろ」
 レオアリス達の目の前には三体、闇とも人影ともつかないものがある。
(これは)
 変化の最中だと解る。闇がほぐれながら周囲へ広がって行く。
 ただ一瞬、本質・・がそこにあったように感じた。
 三つの人影の、肌をやすりで擦られる感覚。
(あの影を斬れば――)
 ナジャルは蛇体に戻るという確信がある。
 だがもう変わった・・・・
 上手く言い表せないが、一瞬だけそこにあったものは既に遠くへ引いた。距離ではない、どこか。
 踏み込み、自分の正面にいる影――抜け殻・・・へ剣を薙ぐ。
 カラヴィアスの剣とプラドの剣、二つが同時に斜めの軌道を描き、影を断つ。
 三つの影は、三筋の剣光を身に受け、形を崩した。
 ぼろぼろと、砂で作った人形が崩れる様を思わせ、闇が崩れ落ちる。
 崩れ落ちた闇は黒々とした群れに変わり、地面を埋めた。
 一つひとつが無数の脚を持つ、手のひら大の黒い蟲に変わっている。
 地を這う脚が驟雨の音を立て魚群のように動く。這い上がった樹木が瞬く間に黒く枯れ、灰となって崩れる。
 あれもまた、生命を吸うものだ。
 三人を遠巻きに囲み、次の瞬間、四方から円を縮めるようにどっと押し寄せた。跳躍して逃れようとしても抜け出せない厚みがある。
(ハヤテ――)
 飛竜を呼ぶよりも押し寄せる速度が速い。蟲の群れはあっという間に足元に迫った。
 プラドが自らの足元への剣を打ち下ろし、押し寄せた蟲を吹き払うと同時に剣を水平に薙ぐ。
 カラヴィアスがレオアリスの襟首を掴み、驚く間も無く地面を蹴った。
 二人の身体が宙へ跳んだ直後、プラドの剣がそれまでいた空間ごと切り裂いた。風が蟲の群れを千々に切り裂き、吹き払う。
「一言くらい掛けろ、会話不全め」
 カラヴィアスの手は既にレオアリスを放している。中空で身を捻り、熱を纏う右腕の剣を地面へと振り下ろす。
 剣風がプラドの風と重なり、吹き千切られた蟲達がどろりと溶けた。
 レオアリスは驚きと感嘆混じりに、再び現われた地面へと降りた。さきほど襟首を掴まれて一瞬締まった喉を撫でる。
「人のことは言えないと――」
(けど、何の調整もなく今の連携か)
 戦いで積んだ経験が、レオアリスとは格段に違う。
 視線の先、尽きない泉に似て蟲の群れが湧き起こる。
 空を急速に埋め尽くす黒雲か、砂漠に湧き起こる砂塵の如く、無数の蟲達が視界を埋める。
 一度払った程度では到底足りない。
「斬れ」
 カラヴィアスの指先が背を押し、レオアリスは右手の剣を掬い上げるように薙いだ。
 剣身を爆ぜた青い光が、一条の帯になって黒い群れを切り裂く。
 プラドの剣が動き、薙ぐ。奔った風がレオアリスの青白い閃光を巻き込み、黒い群れの中を雷光が吹き荒れ、弾ける。
 視界を埋め尽くしていた蟲の群れは、拭い去ったように消えた。
 ほんの束の間の静寂に、カラヴィアスのうんざりした声が落ちる。
「ようやく落ち着ける。気味が悪かった」
 思わずレオアリスはカラヴィアスを振り返ってしまった。
「何だ」
「――いえ」
 到底そうは見えなかったのだが。どこまで軽口か本心か判らない。
 カラヴィアスは双眸を細め、レオアリスを見返した。
「レオアリス。お前の戦い方はややまだ直線的だ。大物向きのな。力の乗せ方はそれでいいが、相手に合わせて戦い方を変えろ」
「はい」
 再び、ナジャルの形態が変わる。たった今散らしたことなど嘘だったかのように、黒い闇が周囲を埋める。
 闇は揺らぎ、今度は数千、数万の鼠になった。
 全ての目が赤く光り中央に囲んだ三人へ向いている。
「また――どれだけ変わるんだ」
「初めに言っただろう。この戦いを終わらせるにはひたすら削り続けるしかないんだと」
 カラヴィアスが傍らに立つ。プラドは二人に背を向け、後方の群れを見据えた。
「今はまだ、奴は遊んでいる状態だ。遊びながら我々を喰らおうとしている。とは言え栄養価の高い邪魔者だ、他より優先はするだろう。後はえらく地道な作業が続くが――」
 カラヴィアスは右腕に顕した剣を揺らがせた。
 続く言葉にレオアリスが視線を向ける。
「ナジャルが飽きる前に――我々の体力が尽きる前にか? 何にしても先ほどの三体・・――、もう一度あれに辿り着く必要がある」
 三体、と、その言葉を問い返す前に、カラヴィアスは踏み込んだ。
 剣が大気を鳴らして振り抜かれる。
 大地の上を半円の波紋が広がる様に似て、熱波が疾る。
 鼠の群れを、地面に敷いた布を捲るが如く、剥がし・・・、飲み込み、その光の中に溶かす。
 見渡す限りを埋めていた鼠の群れが、その一振りで拭い去ったように消える。同時に剣を走らせたプラドの前にも群れはなく、残った僅かな鼠達はその身体を自ら崩した。
 また変わる。
「それがいい。疲れると言えば疲れるが、細かい群れは幾ら創っても意味がないからな」
 そうカラヴィアスは言ったが、戦い方を選び違えれば、いや、レオアリス一人ではおそらく苦戦しただろう。
 闇が再び広がり、あちこちで身を起こしていく。
「カラヴィアスさん、先ほど、三体と――」
 カラヴィアスもまた、あの三体のことを口にした。
 初めに現われた三つの姿だ。その存在に感じた、肌をざらつかせる感覚。
 あれはナジャルの本体に近かったと、そう思える。
「お前も感じた通りのものだろうな。形にこそならなかったが、あれを引き出しかけたのは見事だ。この先追い込めば必ずあの三体が姿を顕す。それを斬ってようやく、本体に辿り着けるだろう」
 三人の目の前で、闇は新たな形を創った。
 これまでとは異なり、無数の群れではなく、一体一体が一間(約3m)近い体躯を持つ。
 四本の腕を持ち、剥き出しの上半身と二つの脚、長い魚の尾を持つ海魔の姿だ。
 三の鉾ゼーレィの人頭姫ハゥフルとも違い、面は魚頭、耳まで割れた口に鋭い牙が並んでいる。四本の腕にはそれぞれ剣と槍を握る。
 その数は千を超え、三人を取り囲んだ。
「これはまた、削り易い奴が来た――」
 カラヴィアス、そしてプラドが地面を蹴る。
「お前に合わせる。好きに戦え」
 レオアリスへと視線を送り、海魔のただ中へ降りる。
 二人の剣が海魔の中で揺れ、数十の海魔が一瞬で身を崩した。
 レオアリスは二人とは別の方向へ、地面を蹴った。
 剣が青白い光の筋を引き、疾る。
 突き出される槍や切り下ろされる剣をそれごと断ち切り、レオアリスは海魔の群れに踏み込んだ。













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2021.4.4
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