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王の剣士 七

<第三部>

第九章『輝く青 3』

十八



 ボードヴィル砦城の中庭には、城壁沿いに申し訳程度の花壇が作られている。じっくり眺める者など少ないが、庭師がそれでも季節折々の花を植え整えていた。
 ティエラは一人、花壇の傍らにしゃがみ、じっと植えられている花を見つめた。
 白や橙色の花弁が時折風に揺れる。
 その色の鮮やかさ、柔らかさは東の地ではほとんど見かけることのないものだ。仄かに漂う香りも。
「花がこんなに普通に咲いているのって、なんだか不思議な感じ」
 ミストラ山脈から更に東は、小国が乱立し未だ戦乱が絶えず、傭兵稼業を生業とするベンダバールは戦場を選ぶに事欠かない。
 ただその分、足元の花に気付くことも少なく、更に砂漠や荒地の多い大地には自生する花もほとんど無い。
 ティエラは手を伸ばし、白く薄い花弁の一枚にそっと触れた。何という花なのか。
 ふわりと微笑む。
「もっと、一緒に見たいな」
 石畳を歩いてくる靴音に、花弁に触れていた指先を離す。
 プラドの足音とは違うが、ティエラのすぐ近くで立ち止まった。
「あの、ティエラさん……!」
 ティエラは振り返り、首を傾けた。
 若い、正規軍兵士だ。
「今、話しかけてもいいですか!」
「ええ、大丈夫。貴方は?」
「俺、ケイって言います!」
 背筋を張り声を弾ませたケイの肩越しに、中庭への出口あたりで七、八人ほどの兵士達がそわそわと遠巻きにしているのが見える。
「ケイさん?」
 ケイの後ろからまた別の兵士が駆け寄った。遠巻きにしていた他の兵士達も、いましめを解かれたかのようにわっと近寄ってティエラを取り囲む。
「俺はカルトです、今年で五年目で――」
「正規軍、東方第五大隊左軍の――」
「私は近衛師団の」
「ふざけんな近衛」
「何だよ! 俺が声かけたんだぞ」
 ぱちぱちと瞳を瞬かせ、それからティエラはにこりと微笑んだ。




「何やってんだ……」
 二階の廊下から中庭を眺め、ワッツは太い眉を片方上げた。
「緊張感ねぇのかあいつら。つうか幾ら相手が剣士とはいえ、女一人を大勢で囲むのは感心できねぇだろ」
 賑やかな中庭を半ば呆れて眺め、すぐそこの階段へ向かう。
「近衛も何人かいるな。俺も行く」
「クライフ」
 後ろから来たクライフがワッツの横に並んだ。
「けど奴等の気持ちは分かるわ。この戦場にちょっと似つかわしく無いくらい可憐な雰囲気だし。これから最後の戦いになるって時に、まあ無駄だと分かってても声かけときたいだろうよ」
「そりゃ俺だって分からんでもねぇが」
「だろ。だいたい他といえばアスタロト様に」
 そもそも兵士達からは声など掛けられない。
「シスファン大将に」
 視界に入りたくない。
「カラヴィアス殿だろ」
 なんか怖い。
 一見可憐なティエラに兵士達が集まるのは当然と言えた。
 ワッツは窓越しにもう一度ひょいと中庭を見下ろし、足を止めた。
「――まあ、いいか」
「いや、あの状況はさすがに良くは」
「後ろに怖いのが来た」
 窓に近寄って硝子に額をくっ付ける。
「おっ」
 プラドが歩み寄って行く。
 クライフがわくわくと状況を見守る中、やたら熱意が篭っていた一角がプラドが近くに立ったとたん瞬間的に凍りつき、兵士達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「かわいそう……」
 ヴィルトールが自分に向ける気持ちはなるほどこんな感じかと、クライフは腕を組み頷いた。
「戦いが終わったら幸せを掴んで欲しいぜ」
 ワッツがじろりとクライフを見る。
「お前はどうなんだ」
「何がだよ」
「何がじゃねぇよ、フレイザーのことだよ。何だ、まだ燻ってんのか、もう十年越しくらいだろ、情けねぇなぁ」
 はっきり言われてクライフはやや引き攣りつつ、ワッツに向き直って腕を組んだ。
「あんま舐めて貰っちゃ困るぜ。最近はなぁ、何かすげぇいい感じなんだ」
「『何か』? それは燻ってんのと何が違うんだ?」
「うるせぇ。俺は繊細なんだよ。会って三日で結婚申し込んだ神経鋼鉄ヤロウと一緒にすんじゃねぇ」
「ふん」
 さすがに照れ臭そうにワッツが首の裏を手で擦る。
「とは言え、十分繊細期間取っただろう」
「何だ繊細期間て……」
 思うところがあったのかクライフは複雑な顔で腕を組んでいたが、ややあって肺の底から息を吐き出し、その腕を解いて胸の両脇で拳を作った。
 ぐっと、拳に決意を込め、更に握り込む。
「良し、俺、決めたぜ。この戦いが終わったらフレイザーに結婚申し込む」
「交際が先だろ。すっ飛ばすなよ」
「お前に言われたかねぇっての」
「……まあな」
 剃り上げた頭のてっぺんまで一緒くたに撫で、ワッツは肩を回した。
「さてと、そろそろ出る時間だ。俺はサランセラムに行ってくる」
「ああ。しっかり見届けて来い」
 アスタロトがこの後、サランセラム丘陵で浄化を行うことになっている。
 ナジャルに取り込まれ、吐き出され、使役された西方軍兵士達の亡骸を弔う。
 ワッツは片手を上げ、クライフと別れた。




 ティエラは自分の前に立ったプラドと向き合い、それから首を傾げて小さく笑った。
「話が、できたみたいね――?」
「ああ」
 頷いたプラドの手をそれぞれ取り、二つともを自分の両手で包んだ。





 風が吹き、枯れた草の匂いを微かに含み伝えてくる。
 カラヴィアスは城壁に腰掛けたまま、顔を丘陵へ向けた。
「浄化が始まるようだ」










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2021.3.21
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