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王の剣士 七

<第三部>

第八章『輝く青 2』




 西海軍が放った無数の矢がボードヴィルの城壁に突き立つ。
 ワッツの視界で、矢は突き立った瞬間にその半数が崩れて消えた。城壁を流れ、伝い落ちる。
「水――」
 水で造られた矢だ。そこに実物の矢が混じっている。
 シメノスから再び、陽光を弾いた光の波が湧き起こる。
 城壁にいた数人の兵が空を切り裂き飛来した水の矢を受け、シメノスへと落下した。
「大将殿!」
 ワッツは正面、飛来した水の矢を剣で弾く。
「!」
 直後、光を弾く矢尻が目の前にあった。咄嗟に剣を握った手を落とす。鍔が眼球に突き立つ寸前の矢尻を捉えて落とし、矢は足元で固い音を立た。
 ワッツは思わず舌を打った。
 一矢目の水の矢は殺傷能力を有しつつ囮でもあり、その直後に鋭い矢尻が突き刺さる二段構えになっている。
 厄介だ、という思いが眉根を寄せさせる。
 視界の隅でまた数人が矢を受け城壁から転がり落ちる。
「乗り出すな! 闇雲に反撃しても意味がねぇ!」
 攻撃に逸る兵達を抑え、ワッツは城壁の矢狭間から、使隷が作る銀色に光を弾く波を睨んだ。
「ワッツ大将殿!」
 近くにいた少将ゼンが駆け寄る。
「我が軍からの矢は使隷に飲まれます。作戦の修正が必要です」
「分かってる。まずは嵩を上げてる使隷を消してぇが――」
「使隷――あいつらに崖を登らせて剥ぎ取る・・・・のはどうですか。前は使隷だけなら何度も崖を登ってきてました。けど西海兵は登れなかった。多分ですが、半年そうだったんです」
「なるほどな」
 ワッツはゼンの若い顔を見た。
 もともとこのボードヴィル駐屯部隊、ヒースウッドの中軍にいた少将で、半年間に及ぶ西海軍との小競り合いを経験し使隷の性質も能力も良く理解している。
「使隷が岩壁を上がりゃその分邪魔が無くなってシメノスの流れが生き返る。取り残された西海軍の位置も落ちるってことか」
「はい」
 川面が下がれば、堰を動かせる。
 西海軍分断と、川を堰き止めることによる使隷発生の要件排除を、何としてもやりたい。
「近付けば使隷の核も直接叩けます」
「奴等もそれは分かってやがるようだが」
 使隷を城壁攻略に動かす様子は見えない。
 引いて守りつつ二重の矢で牽制し、六万の兵と使隷という物量によりまず全軍でシメノスを埋めた上で、ボードヴィルを確実に包囲する考えだろう。全軍がボードヴィルへ到達するまで、およそ二刻、西海は動かず待てばいい。
 アレウス側は西海軍が揃う前に堰を閉じ、順次シメノスから引きずり出す必要がある。
「良し、ゼン、タウゼン閣下のとこへ行け」




「飛竜隊を動かせ」
 タウゼンの指示が城壁へ飛ぶ。タウゼンの前に膝をついていたゼンは踵を返し、城壁を持ち場へと駆け戻った。
 物見台の兵士が手にした軍旗を大きく振る。
 直後、ボードヴィル中庭から、待機していた竜騎兵九騎が空へと舞い上がった。指揮官は西方第七大隊左軍少将クランだ。
 クラン達の飛竜がボードヴィル上空へ上がったと同時に、ボードヴィル前の平地からも三十騎を超える飛竜が空へ続く。
 赤麟の飛竜、一隊九騎で組まれた五隊は一旦ボードヴィル砦城に並行するように東へ翔け、第一の堰を過ぎ、まだ西海軍が達していない上流へ抜けると、大きく反転して降下を始めた。
 滑空し、シメノスへ進入する。
「まずは使隷を引き寄せる! 限界まで直進しろ!」
 飛竜隊を指揮する少将クランは自らを編隊の先頭に置き、飛竜の手綱を繰った。
 翼が風を打つ。
「攻めて来ないなら、引き出すまでだ――」
 両側に切り立つ岩壁を三騎縦横の編隊、五隊がすり抜けるように飛び、西海軍へと迫る。
 シメノスから無数の矢が湧く。
 第一編隊の飛竜の下に法陣円が浮かび、飛来する矢を弾いた。法術士団の防御陣だ。
 九騎の編隊は法陣円を纏わせたまま疾駆し、西海軍の使隷の波に突っ込む寸前、
「上がれ!」
 クランは合図の手を振ると自騎の翼を一つ煽り、急角度で上昇した。左右二騎、後続二列もまたクランに続き上昇する。
 九騎の飛竜を追い、使隷の波が上方へ伸びる。蛇が腹を見せるように――壁の如く立ち上がったそこへ、続く四つの飛竜編隊が急激に迫る。
 四つの編隊、三十六騎は全て正面に法陣円を掲げている。
 彼等の前に浮かんだ法陣円は『光弾』という、主に竜騎兵が併用する攻撃陣だ。
 法陣円は光の矢を七つ、次々と描き出すと、竜騎兵の視覚と連動し、クランの飛竜隊を追っていた使隷の波――へ撃ち出した。
 先頭の飛竜が上昇し、その後続が同じく光の矢を放つ。連なる玉を引き上げるように五つの編隊が滑らかに連動する。
 合わせて二百五十の光の矢――光弾が使隷の波を貫く。
 光弾は波の中に浮かぶ無数のを追って、縫うように走り、砕いた。
 光弾を含み、使隷の波は自ら光を放つかのように輝いた。
 塊になっていた使隷の波が、一瞬震え、ただの水になって崩れた。それでも崩れ行く水が、数十の矢を吐き出す。
 シメノス上空へ駆け上がる編隊の内二騎が、西海軍の矢を受けきりもみ状態でシメノスへ落ちる。
 飛竜の五編隊はクランの指揮の元、空に縦の大きな弧を描いた。
 二度目――シメノスへ再び進入する。
 クランは疾駆する飛竜の背で目を凝らした。
 河面が激しく揺れたかと思うと、新たな使隷が水から立ち上がる。初撃をまるで意に介していないかのようだ。
 だが、想定内だ。
 初撃は使隷を再度作り出させる為のもの――
 何度核を砕いて水に戻したところで、使隷を作り出す大元を叩かなくては終わらない。
「どこだ」
 クランはシメノスを埋める西海兵の陣へ何度も視線を走らせた。
 ちか、と何かが弾いた陽光がクランの目を射る。
「――いた」
 西海兵の間に海馬に乗った士官らしき兵が矛を掲げている。
 矛が回転する。
 シメノスの波が盛り上がり、使隷がその数を増やした。
 同じように矛を掲げた兵が、ざっと視認して五箇所――
「指揮官だ! あれを撃て!」
 引き抜いた剣で、指揮官を示す。
 竜騎兵が操る法陣円が白光を放ち、続いて光弾を撃ち出す。
 使隷を創り出していた指揮官が光弾に撃ち抜かれ倒れる。
 再び波を作りかけていた使隷の塊が、どっと崩れ飛沫を上げた。
 押し上げられていた西海軍の位置が、ぐぐ、と下がる。
 ボードヴィル城壁から歓声が上がった。
「良し! もう一度――前衛へ、光弾を撃ち込む! 全騎、連動を徹底しろ!」
 クランは飛竜の手綱を引き、再度飛竜を上昇させた。
 三度目のシメノス侵入で、今度は敵本隊を叩く。三撃目でおそらく、第一の堰の位置から西海軍を押し戻すことができるはずだ。
 クランの第一編隊がシメノスへ入る。
 一直線に、西海軍へ。
『――甘く見るな』
 フォルカロルは矛で河面を突き、切先を高く掲げた。フォルカロルの正面に、使隷と同じ――使隷よりも強く輝く緑色の光球が浮かぶ。
 次の瞬間、それまでの数倍の使隷が河面から身を起こし、西海軍を包んだ。
「! 回避――」
 クランの声が響く前に、使隷の波が鞭のように跳ね、強襲する飛竜を捉え、弾き、落とす。
 あっという間に三騎の飛竜を失う。
 辛うじて躱し駆け上がった第一編隊の後方から、続く第二編隊は咄嗟の進路変更が叶わず、九騎全てが使隷の波に突っ込んだ。
 三、四、五編隊が手綱を繰り騎首を上げる。
 更に五騎、使隷のに打たれ、西海軍の只中へ落ちる。








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2020.11.1
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