Novels


王の剣士 七

<第三部>

第八章『輝く青 2』

二十四



 青白く輝く閃光が目を灼く。
 レオアリスはハヤテの背を蹴り、ナジャルの頭上へ、落下の勢いを乗せ剣を振り下ろした。光が空間を縦に割く。
 有無を言わさず叩き込まれた剣がナジャルの額を捉える寸前、ナジャルの周囲に闇が吹き上がった。
 レオアリスの身体が塊に当たったように弾かれ、北岸の岸壁へ叩き付けられた。
「レオアリス!」
 落ちる身体へ、ハヤテが滑り込み背に掬い上げる。
「無茶するな! アルジマールが言ってただろう! 人型じゃ」
「無茶――? あいつは」
 離れていても耳に触れる冷えた声。
 レオアリスは膝に手を置き、ハヤテの背に立ち上がった。
 双眸に青白い光が灯るようだ。
 青白い陽炎が全身を覆って揺れる。
「今、この場で斬る」
 声は冷静だ。
 だが。
(何だ。わかんないけど、でも)
 レオアリスは焦っている――『恐れて』いると、そう言ってもいい。
 ナジャル自身や戦うことにではない。何か。
「倒すのは、当然だ。でも一旦落ち着いて手を考え直さなきゃ。本体に戻す方法――」
「時間が無い。今だ」
 ハヤテの背でレオアリスは左足を踏み込み、膝を落とした。
 右斜め後方へ引いた剣。
 その剣身を雷光のように光がぜる。
「待――」
 レオアリスは引いていた右足でハヤテの背を蹴り、弧を描いて剣を薙いだ。
 光が走り、次いで空間そのものが断たれたかのような鋭く高い音が耳を打つ。
 放たれた光はシメノスの川底に立つナジャルの胴を、斜めに断った。
 後方、シメノスの南岸に亀裂が走る。
 ナジャルの身体が腰の上下で、ずるりとずれた。
 一瞬、アスタロトはナジャルの姿に目を奪われた。
(斬った――?)
 期待が湧き起こる。レオアリスの剣ならば、斬れるのでは。
 断たれたナジャルの上半身はそのまま下半身を斜めに滑り・・地面へ倒れかけ――、ぴたりと止まった。
 闇がナジャルの周囲に湧き起こる。
 アスタロトの視線の先、レオアリスがナジャルの背後に降り立つ。慌てて視線を向けたハヤテの背は当然からだ。
 視線をレオアリスへ戻す。
 レオアリスはズレたままのナジャルへ、数撃、剣を叩き込んだ。青白い閃光が重なる。
 ナジャルの上半身は剣を受けて細切れに散った。
 息を呑むアスタロトの視線の先で、破片は形を崩し、闇になった。
 更に踏み込んだレオアリスを取り巻き絡め取り、広がり、揺れる。
 上半身を失ったままの身体から、声が湧く。



『そなたらが考えていたとおり――』


 闇は一度、大きく波打った。
『我が身を削るのであれば、我が蛇体でなくてはなぁ』
 立ったままの下半身から闇が泉のように湧き起こる。
 シメノスの川底になだれ落ち、こんこんと湧き出し、広がり、岸壁を這い上がる。
 流れ広がる闇の中、レオアリスの剣が闇を生み出すナジャルの下半身を縦に断つ。
 闇は構わず北岸を這い登ると、岸壁の上の草地へ、広がり、煙のように舞い起こる。
『さて、饗宴を始めよう。招かれた礼に、我が貢ぎを受け取ると良い』
 舞い起こった闇は細かく分かれ、一つひとつ、形を成した。
 騎馬に乗り進むもの。
 或いは歩行かちで進むもの。
 這い進むもの。
 壊れた鎧を身につけ、首や手足を皮一枚でぶら下げ引きずり、虚ろな目をしたもの。
 アレウス軍と、そして西海軍。
 その兵士だったもの。
 死者の軍――



 北岸を後退していた正規軍から、呻き声が、怒りの声が次々上がる。
 西方軍第五大隊大将ゲイツは束の間後退の指揮を忘れ、騎馬のまま彫像のように立ち尽くした。
「――おのれ、一度ならず……ッ」
 握り込んだ拳の、爪が手のひらに食い込む。
「何度死者を辱めれば気が済む――」
 その数はおよそ、一万。



『以前その娘――あの竜オルゲンガルムの炎に焼かれてしまったものは戻らぬが、なに、充分――足りている』
 死者の軍は岸壁の上の草地に、湿った音を立て進み始めた。
 後退するアレウス軍を追い、ボードヴィル砦城へ進む。
「させない――!」
 アスタロトは一旦空高く飛竜を駆った。
「何度でも、私が送る!」
 あの時、何度断っても立ち上がるヴァン・グレッグ達死者の軍を解放したのは、柘榴の鱗から生じた炎の竜だった。あれは葬送、そして浄化の炎。
 だが今の自分であれば、同じことができると確信している。
 開いた手のひらに炎を宿す。



『娘』
 悪意。
 這い上がるそれに、アスタロトは炎を放とうとしていた手を、身体を凍りつかせた。
『そなたに会いたがっている者がある』
 ナジャルの正面、左右、三方に闇が立ち上がる。
 それは謁見の間に現われたナジャルが、王都へ海魔を放った時と同じだった。
 あの時、闇の塊の一つひとつが、ナジャルの吐き出した海魔だったように。
 ナジャルの左に立ち上がった一つ目の闇が、揺らぎ、こごる。
 人型へ。
 アスタロトは、自分の呼吸が失われたのを感じた。
 影のように暗く、だがそれが何か、すぐに判った。
 レオアリスが焦り、『恐れて』いたものが何か。
 小柄な――女だ。
 女の姿を覆っていた闇が、上からゆっくりと足元へと剥がれ落ちていく。
 項垂れたように立っている。
 顎のあたりまでの長さの、ゆるく波打つ黒髪が、その頬に落ちかかっている。
「――お前は……お前は、許せない……」
 脳裏を、激しい怒りが焼き尽くす。
 呼吸が、上手くできず――喉を塊となって塞いでいる。
 目の奥に赤い炎がちかちかと燃えた。
 良く知った姿。
 姉のように慕った、彼女の――
 息を吐き出せないまま、更に吸う。
「……ファー……」



『一人目』









Novels



2020.12.20
当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します。
◆FakeStar◆