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王の剣士 七

<第三部>

第八章『輝く青 2』

十二


 矛と剣が撃ち合い、その衝撃を受けシメノスの水が吹き上がる。
 西海兵は降り注ぐ水を浴びながら雄叫びを上げた。岸壁の間に反響するそれは、フォルカロルの力を讃える響きだ。
 その響きにフォルカロルは双眸を細めた。

『退がっていろ。巻き込まれたくなければな』

 気分が良い。兵達へ、もっと自分の力を見せてやろうという気になった。
 撃ち合った反動を利用し、再び宙へと身を転じたティルファングの姿を追う。
 白く疾る閃光――ティルファングの剣が生む軌跡へ、矛を薙ぐ。
 剣を捉え、打ち返し、間髪入れず矛を横回転させた。
 使隷の壁から波紋が二枚、弾き出る。まだ宙で体勢を立て直す間もないティルファングへ。
 ティルファングを切り裂く、寸前――ティルファングは何もない・・・・空を蹴り、波紋を躱した。
『何――』
 目を凝らしたフォルカロルの視線が、空に僅かな歪みを捉える。
 ティルファングの跳んだ先、そこにもう一つ、先ほどと同じ歪みが生じる。
 ティルファングがそれを蹴る。
『なるほど、奴等の法術とやらか』
 何らかの、足場――それを用いることで、移動を可能にしている。
 切り下ろされたティルファングの右腕の剣と撃ち合う。フォルカロルの足が水に沈み、だが矛は勢いを殺さず、ティルファングを再び宙へ弾いた。
 ティルファングは黒い双眸を軽く見開いた。
「思ったより、手強いな」
 宙で身を捻り、返す。
 自分の後方へ、視線を向けた。『固定ゼッテ
 視線を置いた中空に・・・・・・・・・ごく薄い、六角形の光る盤――足場がそこに生じる。それを蹴る。
 今のはやや、足場の位置が不十分だった。
 攻撃に転じるには体勢が整わず、もう一つ、足場を置いて蹴る。更に高く。
 ティルファングを見上げ、フォルカロルが矛を立て足元を突く。
『我が矛は、海皇より下賜された。四将軍の中では私のみ――貴様ごときに凌げる代物ではない』
 フォルカロルの傍らに浮かんだ緑の光球が光を増す。使隷の塊がぞろりと身を起こし波となる。
『使隷共を創り出す力も、使役も、この私が最も優れている――』
 フォルカロルが創り出せる使隷は最大五千。三の矛に並び、レイラジェはおそらくその半数以下もなく、ヴォダに至っては使隷を生み出すことはできない。個々の使役でも、同時に五十体をも扱うことができるフォルカロルの能力は三の矛に並んだ。
 フォルカロルは切っ先で使隷の波を叩いた。
 水が砕け、上空へ飛散する。
 散った水は、空中で結合し、水面から薄のように伸びた十数体の使隷を形造った。
 使隷は落下するティルファングを待ち受け、ぐるりと輪を描く。
 ティルファングが輪の中に落下した瞬間、使隷の全身から水のつぶてが打ち出された。
 瞬間、ティルファングは視線を足元に向け、生じた足場を踏み身体を蹴り上げた。水の礫を躱し、宙で身体をひねる。
 輪を作った使隷は互いが放った水の礫を吸収し、形を取り戻し、上空のティルファングへ、一斉にその身を逸らした。水の花が花弁を開くようだ。
「うわ、きもい」
 白刃が閃き、剣風が円状の使隷達の半数を断つ。
 同時に無数の水礫が空へ打ち出される。
 ティルファングは視線を右後方へ向け、『固定ゼッテ』短く念じ、そこに生じた足場を蹴った。
 法術院術師の法術による、視線設置の『足場』――もともと、ナジャル本体との戦いの為に用意されていたものを、ここで投入した。
「空中で、いきなり、実戦じゃ――」
 もう一つ、右へ視線を向ける。
 敵の攻撃を読み、視線を向け念じ、足場を置き、蹴り、躱し、攻撃する――
「使いにくい!」
 剣を振るう。
 剣に力が上手く乗らない。
 飛竜に変えるべきかと、ティルファングは周囲を見回した。
 だが両岸を岸壁に挟まれ、そこそこ河幅はあるとは言え飛竜であの水の攻撃を回避しながら戦うとなると狭い。
「怪我させたら嫌だし、怒られるし」
 足場を使いこなすしかない。難しいが――
 ちらりとボードヴィル城壁を見る。
「でもそうか、あいつはこれができると思われてるんだな」
 足場はレオアリスの為に用意されたものだ。使いこなすと、そう考えてのものだろう。
 誇らしさを覚えると同時に、同じくらい対抗心もある。
「ちゃんと見てろよ、僕のお手本――!」
 ティルファングは一瞬で、複数の足場を創り出した。
 目まぐるしい移動を繰り返し、水礫を躱す。
 右腕の剣を薙いだ。



『僕が戦い方を教えてやる。見とけ』

 レオアリスはシメノスの戦いを見下ろし、ゆっくりと、呼吸をした。
 目の前の戦場へ、はやる自分を抑える為でもあり、剣の回復をほんの僅かでも早める為だ。
 そうしながらティルファングの剣の動きに意識を重ねる。少しでも、戦いの感覚を掴みたい。
 ティルファングは視線設置の足場を巧みに使い、反動を利用し、フォルカロルだけではなく使隷を引き付けて戦っている。
 苛烈さを備えているが、その剣は、しかし彼と同じ氏族のザインの苛烈さとも違う。
 ザインより剣速が少し速い。
 ザインは防御も構わず押し切る戦い方だったが、ティルファングは攻防一体だ。攻撃と同時にその先の防御の動きまでを組み立てている。フォルカロル、使隷の攻撃はまだ一度もティルファングの身体を掠めてもいない。
 自分だったら。
 一、二度は、回避より攻撃を選択している場面があった。多少傷を負っても戦いに支障は無い。それで敵将に迫れるなら。
 だがそれは、自分が未熟だからだ。
 攻撃を受ければそれだけ、次の動きは妨げられる。敵の力が落ちない状態でそれを続ければ、最終的に追い込まれるのは自分だ。
 ティルファングはその動きによって、西海軍の行動を停滞させている。
『一度、戦い方を考え直すんだな』
 カラヴィアスはそう言った。
 右手を鳩尾に当てる。
(――)
 薬を飲んでほぼ十日。当初あった副作用というべき影響はもうまるで感じられず、右の剣が砕けた名残、燻る痛みだけが鳩尾の奥に変わらず残っている。
 副作用が消えたことが回復の前兆ならばいいが、もしそれが、別の理由によるものなら。
 例えば、戻る剣・・・そのものが・・・・・無い・・――
 右の剣一振りが、完全に失われているとしたら。
 胸を叩く鼓動を覚え、レオアリスは息を飲み込むようにそれを抑え込んだ。
(無い)
 それは、無い。
(あと一本――貰ってる。それも飲んでおけば良かったのかもしれない)
 今はハヤテの鞍の雑嚢に入れてある。
 副作用が激しく出るのか、それとも重ねることで剣の回復が早まるのか。全て未知数だ。
 ただ、ナジャルが出現するまでに今の状態が急に改善するとは、思えなかった。



『中央陣、総大将フォルカロル将軍と敵の直接交戦、尚も続いております!』
 西海軍先陣を率いるベンゼルカの元に部下の将校が駆け寄り、膝を下ろす。
『我が軍は如何致しますか、ご指示を』
 ベンゼルカは唇を引き結び、下流を振り返った。
 第一の堰を完全に包囲した先陣の、次にすべき任は堰の破壊――まさに使隷達が、第一堰の門に取り付き始めたところだった。
 直接交戦の第一報では、すぐに落ち着くと考えていた。だが尚も交戦が続き、第二の堰を越えていた当初の位置より僅かながら後退しているのが見て取れる。
『何ということだ』
 フォルカロルは手出しされることを好まない。自らを軽んじたと捉えるだろう。
『閣下――』
 堰の破壊との狭間で束の間迷い、だがベンゼルカは先陣へ、下流への転進を指示した。
『中央陣を援護する――!』
 第一堰をその高さの半ばまで覆っていた使隷二千が流れ落ち、じわりと寄り集まり、波を作る。
 ベンゼルカにとって使隷二千体を操るのはかなりの集中を要する作業だが、僅か三百間(約900m)の距離を流れ下るだけなら、さほどの時間はかからない。
 波となった使隷が兵達を浮かべる。
 現時点でボードヴィル下まで進軍している二万の内、ベンゼルカが率いる先陣三千は下流へと動き出した。










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2020.11.15
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