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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

七十四




「カラヴィアス殿――」
「ああ、プラド。旅支度は進んだか?」
 呼ばれて振り返ったカラヴィアスはそう返し、プラドが歩み寄ってくるのを待った。
 プラドとティエラの二人はしばらく里に滞在することを選んだが、プラドはと言えば生来の寡黙さに磨きをかけ、里で引き受けた農作業などを黙々とこなしてたまにしか話しかけてこない。
(ティエラとは会話が増えたようだがな。その先が進むのかどうか)
 とは言えカラヴィアス自身、剣士の特性に違わずそうした感情は薄く、あまり多くの関心は向けていないのだが。
「式典に着る服は選んだのか。ここにあるものはベンダバールの正式装束とは異なるだろうが」
「俺自身は特に支度することもないし、わざわざ整える必要もない」
「一国の王の即位式だぞ。ナジャル戦の戦功者として招かれているのだし、きっちり気を遣え」
 じろりと見据える視線は手の掛かる弟を見るようだ。
「今着ているもののままな訳ではないだろう。それで出席されてはルベル・カリマの品位まで問われる」
 品位と言われ、プラドは自分の姿を見回した。
 着の身着のままではないのだが、確かに数着着替えを持って出ただけで、もうだいぶくたびれてはいる。
「――そんなにひどいだろうか」
「即位式に出るには相応しくないな。お前は近衛師団総将の伯父だろうに」
 レオアリスに恥をかかせるな、と諭され、プラドは項垂れた。
 その様子を笑い、カラヴィアスはそれで、と続けた。
「何か用だったのだろう。珍しくお前から話しかけてくるくらいだからなぁ」
「いや――」
 プラドはほんの僅か口に出すのを迷う様子を見せたが、ややあって、黙って待つカラヴィアスの前でひとつ息を吐いた。
「赤竜は、動き出す心配はないのか」
「いつもながら唐突だな」
 美しい面に呆れた笑みと――薄い刃のような剣呑さが漂う。
「俺が聞く必要がなければ答えは要らない。だが、赤竜が地上の戦いにあれだけ関わるとは思っていなかった。確かに、四竜の中では最も友好的に思えるが」
「友好的、か」
 カラヴィアスの視線がプラドの上に注がれ、それから谷の南、深い渓谷が更に地底へと落ち込んでいる谷底へそれを投げた。
「答えようがない。一つ私に言えるとしたら、今回は一度滅びたはずの風竜が蘇ったことに、同族としての何らかの考えがあったのだろうと、その程度だな」
 まあ、あの少女の炎の気配が気に入ったのも本当かもしれないが、と独り言のように呟く。
「考えていることなど解らん」
「宝を集めて寝床にしているようだが、それで満足しているのか」
「あれは老成と稚気が同居しているのさ。無邪気ならば可愛いのだがね」
 まあ無邪気であっても我々にとって可愛いものではないか、とカラヴィアスは口元を歪めた。
「満足な答えにならず、心苦しいところだ」
 そう言えば、と続ける。
「ここに滞在するにあたって、東の情勢を聞かせてくれる約束だったな」
 カラヴィアスはプラドの返事を待たず、少し先の低い石積みの壁へと足を向けた。渓谷に聳える台地の縁から落ちないよう、腰の高さ辺りまで石を積んで張り巡らされたものだ。
 あまり落下防止の効果があるとは思えないそれに腰掛け、カラヴィアスはプラドへ顔を上げた。
 プラドがカラヴィアスの前に立つ。
「ミストラ以東は小康状態を繰り返しつつ、いつもどこかしらが騒がしい。だがここ五年ほど、変化が出始めている」
 カラヴィアスは頷き、プラドの言葉の続きを促した。
「変化というのは?」
「均衡を破りかねない勢力が出てきた。成長を続ければ、トゥランをも喰うかもしれない」
「ほお」
 一瞬、カラヴィアスの面に浮かんだのは驚きでも懸念でもなく――
「この国はミストラ山脈で隔てられている。そこを軍を以って越えるというのは無謀でしかないが、動向は注視しておくべきだろう」
「先ほどの質問と、関係はあるのか?」
 プラドはカラヴィアスを見下ろした。
「この国の動乱には常に、竜の姿がある。動乱を好む傾向は大なり小なりあるだろう」
「確かにな」
 大戦時の風竜、五年前にカトゥシュ森林に降りた黒竜、そして今回の西海との戦いで甦った風竜と、本体こそここから動いていないものの赤竜も関わっている。
「だからその監視として、我々は王と約束した」
「――」


 力を持て余し、その性質を負へと傾けるのであれば、竜を監視する役割でも担ってみてはどうか、と。


 カラヴィアスは一つ笑って、腰掛けていた石積みの壁から立ち上がった。
「約束と言っても、対価もなければ、確約をした訳でもないがな」
 ルフトは北に。
 ベンダバールは西。
 カミオが東。
 ルベル・カリマは南に。
 カラヴィアスも生まれていない、一千年も昔のことだ。
「――王が存命の間に、昔語でも聞いておきたかった」
 プラドの横を抜け、カラヴィアスは陽射しを受ける台地を歩いて行く。
 鳥の影がその足元を横切った。








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2022.6.12
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