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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

六十二



 カイルとセトは飛竜で西の主要都市フォアへ行き、そこで日用品などを買い足して、村へ戻ることになった。
 帰路にはロットバルトが護衛も兼ねてエイセルを同行に付け、フォアでの宿も手配してくれている。
 二人の乗る飛竜はレオアリスが、先日カラヴィアスが扱いを褒めていた厩舎で一番落ち着いた様子の飛竜を二頭選び、用意した。そもそも飛竜の騎乗が向かないカイル達の為に騎手も頼んだ。
「エイセルさん、祖父達をよろしくお願いします」
 膝をついていたエイセルは一度身を伏せ、頷いた。
「道中の安全に留意して、村まで確実にお送り申し上げます」
「重ねて、有難うございます。昨年も、お世話になったのに」
 昨年秋、魔獣が増えていた時にもエイセルは村の警護をしてくれていた。
「御館様が指示されることが全て、私の任務でございます。それに昨年、カイル様をはじめ皆様には、我々に色々と配慮頂き、もてなして頂きました。温かい、良い思い出でございます」
 いい人だ、とレオアリスは頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けします」
 エイセルがいれば道中のことは心配ない。
 祖父達に向き直る。まだ朝は早く、三月初旬の空気は肌寒さを覚える。
 ただ空は薄水色に晴れ、遠く北の果てまで雲も無く、暖かくなりそうだった。
「俺が村まで送って行きたいけど。途中、寒かったらすぐ上を着てくれよ。飛竜で風を切ると太陽もあんま関係ないし」
「まだ言うとる。わしらを子供扱いするのは百年早いわ」
 そもそも、とセトがレオアリスの額を小突く。
「お前はまだまだひよっ子じゃ。今は自分自身のこと、与えられた役割に相応しくなることを第一に考えんか」
 そう言いながらもセトは、孫が成長している実感に笑みを堪えきれていない。
 カイルも笑う。
「落ち着いたら、皆に会いに来なさい」
「うん……」
 セトがからかいを声に滲ませた。
「なんじゃ、しおれた顔をしおって。今生の別れでもあるまいに」
「そうだけどさ」
 プラド達もカラヴィアスと共に王都を発った。
 自分の傍らから一人一人いなくなって行くような寂しさがある。
 けれどそれは距離だけの問題だとも、解っている。
 もうそれだけのことだ。
 レオアリスは顔を上げた。
「落ち着いたら、また帰るよ」
 そう言える場所があるのは、とても安心する。
 必ず待っていてくれる場所があると思えることは。
「じいちゃん達のいるところが、俺の帰れる場所だから」






「ただいま」
 玄関口で口に出し、しんとした静寂が返る。
 居間はがらんと感じられ、出かける前に消した暖炉の熱の名残が室内に漂ったままだ。
 つい一刻前まで使っていた小振りの卓と椅子。木の床がただ静かにまだ昇りかけの陽光を照り返している。
 卓に近寄り、その表面の木目に指の腹で触れる。
 祖父達のいた温もりが、まだそこに残っているような気がする。しゃがれた声で、「まずは火に当たりなさい」と穏やかに促してくれるような。
 目の奥の熱を感じて、手の甲で拭う。
 落とした視界が少しぼやけたところで、誰かが玄関扉を叩いた。
 もう一度素早く手で目元を拭い、玄関を開ける。
「上将ー! おはようございます!」
 明るい声と共に、立っていたクライフが封筒をずいと差し出した。
「俺とフレイザーの結婚式、来てください!」
「ちょっと、クライフ、先にしっかり挨拶してからでしょ」
 傍らでフレイザーが呆れながら背中をぽんと叩く。
 三人は居間に移り、フレイザーが改めて封筒を開いて示した。
「五月に式を挙げることになりました。ごく身内ですけど……中層西のフォルトナー通りにあるお店で。昨年、お祝いしたところです」
 にこりと微笑む。
「上将に絶対、出席して頂きたいんです」
 白い便箋にはフレイザーの手書き文字で、出席の案内と日時と会場が記されている。会場はフレイザーの言った通り、去年レオアリスの誕生日祝いをしてくれた店で、その一階だ。
 五月十九日。この日は。
「フレイザーの誕生日に開くのか。絶対行く。すごく楽しみだ」
 クライフとフレイザーは顔を見合わせ、微笑んだ。
 それからクライフはもう一通、白い封筒を卓の上に差し出した。
「あとこれ、ロットバルトに会ったら渡してください」
 同じ招待状だ。
 手に取って笑う。
「いいよ。明日、ファルシオン殿下と面会予定があって俺も控えるから、その時に時間見つけて渡しておく。でも直接会って渡せば喜ぶと思うけどな」
「上将から渡してもらった方が来ると思うんで。まあ本音言うと、あいつ今、私的な面会受けてる時間無さそうっつーか、師団おれたちもばたばたしてるのもありますし」
 確かにそうなのだ。
 今月のファルシオンの生誕記念日、四月の和平条約締結、王都の祝祭。
 月末の国葬、五月のファルシオン即位――
 それから、その先に向けて。
 どの部署も、それから王都の街も、一斉に走り出したかのような感覚がある。
「式も、本当は俺は三月にも挙げたかったけど、さすがに俺達も日程過密だし、状況的に人呼べないんで」
「私は六月とか、もう少し先でもって言ったんですけど。ゆっくり計画できるし」
「やだ。早く結婚する。フレイザーの誕生日だし」
 クライフが子供のように言い張り、レオアリスは笑った。
「この前、結婚式に招待するって言ってたの伝えたら、ロットバルト乗り気だったぞ」
「マジっすか!」
 へへへ、とクライフは鼻の下を擦った。




「すんません、登城前に来ちゃって。上将も忙しいのに」
 そう言って二人が帰って行ったのは、訪ねて来てから僅か半刻後のことだった。一刻ぐらい話していたような賑やかさだ。
 居間に戻り、再び見回した人気の無い部屋は、祖父達の残した温もりと、それからクライフとフレイザーがもたらした賑やかさの名残が、陽光に柔らかく包まれているように思えた。











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2022.4.24
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