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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

四十九




「こちらでお寛ぎください。長老会の準備が整いましたらお迎えに上がります。その間、何か至らぬところがございましたら、このブロウズへお申し付けください」
 執事は伴った従者を示し、従者――ブロウズが壁際に控えたのを確認すると、恭しく一礼した。
「有難うございます」
 レオアリスは執事のバスクと、そしてブロウズへそれぞれ目礼した。
 執事が部屋を出た後、入れ違いに侍女が手押しの台を押して入り、茶器を暖炉の前の低い卓に整える。一緒に卓に下ろされた三段の皿を互い違いに組み合わせた銀食器には、彩り華やかな軽食や焼き菓子が乗せられていた。注がれた香りの高い紅茶の湯気が、白く薄い器から漂う。
 部屋を下がる侍女へ礼を言い、レオアリスは静かな部屋を見渡した。通されたのは来客を迎える為の応接室の一つだ。
 長い廊下の左右に似た造りの幾つかの扉があったところを見ると、この中央棟二階は主に来客用、特に日中に客を迎える為の部屋が並んでいるのだろう。
 壁際に膝をついているブロウズは、王城のヴェルナーの居室で一度姿を目にしたことがある。執事は従者と言ったが、身のこなしとその存在――いわゆる気配の抑え方からすれば、違う役割もありそうだ。
「ブロウズさん」
 話しかけるとブロウズは斜め下に向けていた面をもう一段伏せた。
「ブロウズとお呼びください」
「いや、俺……私は外部の者ですから。それより、まだ長老会が始まるまで半刻以上あるでしょう。椅子に座るか、せめて立っていた方がいいと思う」
「そのような立場ではございません」
「――膝をついた状態からだと、行動が制限されますよ」
 ブロウズは一呼吸の間ほど考えを巡らせ、再び顔を伏せた。
「私の本日の役目はそれ・・ではございませんが、では、お言葉に甘えて立たせていただきます」
 立ち上がると身長は六尺ほど、やはり身のこなしが静かだ。たった今動いたばかりなのに、視線を外せば気配が捉えにくいだろうとそう思う。
 ロットバルトに近いブロウズを、わざわざこの部屋に控えさせたのは理由があるのかもしれないが、ブロウズから話しかけてくる様子はなかった。
 これ以上話しかけられても迷惑だろうと、レオアリスは暖炉に向けて置かれている椅子に腰を下ろした。
 艶やかな絹張りの青い座面は金糸や銀糸などを交えた繊細な刺繍が施され、心地よく身体を受け止める。背もたれに身体を預けると、自分が少し緊張していたのが改めて感じられた。
(ヴェルナー侯爵家の長老会か)
 今回、長老会から招かれたのだ。出席を求められたと言った方がいいか。
 アスタロトが以前、一番初めに会った時、王都を飛び出したきっかけが長老会とのいざこざだったと、そう言っていた。それを思えば、長老会がレオアリスを招いた理由は分っていても、つい身構えてしまう。
 暖炉で炎が揺らぐ音しかしない室内は、どうしても長老会に意識が向く。
(うーん)
 気持ちを紛らわそうと紅茶の器に手を伸ばす。口に含むと柔らかく品の良い花の香りがした。
 息を吐き、レオアリスは今いる部屋を観察することにした。
 王城の一室にも劣らない、美しい部屋だ。
 広く、天井の高い部屋は主庭園に面し、同じく高い幅広の格子窓が五つ、連なっている。中央の窓は頭部がそれ一つだけ高く優美な半円を描いて、今日は雪だが晴れた日には部屋全体を陽光が照らすのだろう。
 全体に落ち着いた白を基調とし、床材は柔らかな光を帯びた木材と石材を組み合わせ、柱や壁材には銀彩を含んで青みを帯びた白い大理石を用いている。直線的な柱が一定間隔で壁を飾り、天井に接する頭部は僅かに膨らんで浮彫りに蔦が描かれていた。
 壁の上部をぐるりと巡る縁が柱と同じ大理石、額縁のように一段上がったいわゆる折れ上げ天井と呼ばれる天井は、中心から優美な花が開くように青と銀を用いて複雑な模様が描かれていた。絵ではなく、非常に繊細に石を嵌め込んで仕上げられている。
 天井から降りる吊るしの大燭台は水晶と銀で仕立てられ、数十の白い蝋燭の明かりを拡散していた。
 青を使っているのはこの館も変わらないんだな、とレオアリスは首を反らして天井を見上げた。そう言えば今日の招待状も、おそらく青金石を砕いて溶かした濃紺の墨でしたためられ、同じ青い封蝋で閉じられていた。
 王城のヴェルナーの居室の方がより青を多く使っているのは元からか、ロットバルトの好みを反映しているのか。
(アスタロトのところは、もう少し柔らかい雰囲気がある)
 この館は優美さがありながら、身が引き締まる感覚を受ける。
 前侯爵とロットバルトの間の空気を知っているからなのかもしれないが。
(けど、この館に来ると身が縮む気がするな)
 これまで二回、訪れたことがある。いずれも前侯爵の存命中に、一度は招かれざる客として、もう一度は意図せず。
 二度目は何故か晩餐の席だったと、その時を思い出してレオアリスは思わず息を吐いた。ロットバルトが父侯爵との一対一の晩餐に気乗りが――すごく柔らかく表現をすれば――しなかったのか、気付いた時には晩餐の席に着かざるを得ない状況だった。
 けれどレオアリスにとってその二つの記憶は、いたたまれない感覚を覚えつつも、ロットバルトと前侯爵とが互いに向き合っていた記憶でもある。
 確執はあったが、王城の部屋で回復させてもらっていた時に時折見たロットバルトの姿は、多分だが、前侯爵と重なる部分があるのだろうと思う。
 そのことを今、どう感じているのか。
(五月には公爵だもんな)
 ロットバルトならば充分にその地位の期待に応えると、誰に対しても断言できる自信がある。
 一年前は同じ立場にありずっと身近にいたが、今はまるで立場も違う。顔を合わせる機会も減った。その間の出来事はたった一年のこととは思えず、レオアリス自身の変化以上に、ロットバルトの周りは慌ただしいだろう。
 けれど余り距離が離れたようには感じていなかった。
 あの時も今も、互いに視線の先は同じだからだ。
(ファルシオン殿下が即位されたら、その後も)
 ただもう少し、ゆっくりできる時間を作ったほうがいいとは思うが。
 扉を叩く音に目を上げる。控えていたブロウズが扉へ向かった。
 暖炉の上に置かれた時計を見れば長老会が始まる二刻まではあと半刻、議場へ移動するにはまだ早そうだが、準備があるのだろう。
 レオアリスは自分も椅子から立ち上がり、ブロウズが扉を開くのを待った。
(長老会か――)
 招かれたのは近衛師団総将就任に向けた挨拶の為だ。
 後見への感謝を伝える機会は必要で、近衛師団総将の任命についてもレオアリス自身の口から伝えることが礼儀であり大切なことだと、思う。
 とは言え。
(気が重いなぁ……)
 加えて長老会の後は晩餐の席がある。
 正式軍装を一刻も早く脱ぎたいと思ったのは今日が初めてではないだろうか。
 そこへ、やや詰問調の声がかかった。
「何故ここに貴方がいるのです」











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2022.2.27
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