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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

四十五



 軍議後、フレイザーとヴィルトール、そしてクライフはレオアリスがクーゲルやハリス、各大隊の大将、中将等とも話し終えるのを待って、最後に駆け寄った。
「――上将……!」
「フレイザー、クライフ、ヴィルトール」
 レオアリスが破顔する。
「元気そうだ。ほっとした」
「それは我々の気持ちです。本当に――」
 そう言ってフレイザーは声を詰まらせた。瞳に涙を滲ませる。「戻ってらして、良かった――」
「本当っすよ。一時はどうなることかと思いました。絶対戻ってくるとは思ってましたけど」
 クライフもやや涙声が混じっている。
 ヴィルトールはクライフの肩を叩いて、レオアリスへ微笑んだ。
「今日、顔を見れて安心しました。それにしても」
 灰色の瞳をじっとレオアリスに当てる。
「十一月の、あの戦いの時よりも成長されたように見えますね」
「そうか……?」
 視線を落として自分の腕や身体を見比べるレオアリスに、フレイザーは両方の手を肩口でぐっと握った。
「そうです。ずっと大人びて見えました。素敵ですわ」
「上将ももう、四月で十九ですもんねぇー。あ、お祝いしましょ」
「あ」
 ヴィルトールが思い出したように呟き、クライフはやや引き攣りつつジロリとヴィルトールを睨んだ。
「何だよ」
「そういや去年のお祝いの時お前、失敗してたよね」
「し、してねぇ」
「次はクライフ無しでやろうって、確か」
「言ってねぇ」
「フレイザー、確かあの時、上将を祝おうとしてクライフが店の店員に」
「すんませんでした!」
 レオアリスが声を立てて笑う。
「そんなことがあった。懐かしいな、すごく」
 それぞれの立場は大きく変わっているけれど。
「戻って来れて良かった」
 目が覚めてから何度も口にした言葉だ。
 自分はあの時役割を終えて、戻ることはなくてもそれでいいと――そう、思った。その感情を振り返る都度、今、ここに居られることに喜びを覚える。
「じいちゃん達と話をしたんだって? フレイザーが朝食を用意してくれたって。グランスレイまでわざわざ会いに行ってくれたんだろう。有難う」
 カイルとセトから聞いた彼等との時間は、とても暖かいものだった。
「ええ、素敵な、懐の深い方達ですね」
「上将の子供時代のこととか、色々聞きました。髪のこととか」
「髪?」
 フレイザーが零れる笑みを押さえてカイルから聞いた話を伝えると、レオアリスは頬に朱を昇らせて「そうだっけ」と呟いた。
「それは忘れてほしい……」
「ふふ」
 フレイザーが微笑み、首を傾ける。
「この後、第一大隊へ戻られますか?」
「ああ。顔を出そうと思う。第一の隊士達みんなにも、それからハヤテにも会いたい」
 先に立って廊下を歩くレオアリスはやはり以前よりも大人びて見え、追いかけて歩きながらフレイザーは改めて喜びと、ほんの少し、寂寥感を覚えた。



 ――レオアリスを乗せた飛竜が西地区、第一大隊の士官棟中庭へ降りる、そのいとまも無く。
 厩舎の屋根に設けられた開口部から、矢の如く影が飛び出した。遅れて厩舎の中から驚きの声が追う。
 きゅううと長く絞るような鳴き声が一つ、銀色の翼が陽光を弾く。
「ハヤテ!」
 レオアリスはハヤテを見るなり、それまで乗っていた黒燐の飛竜の背から、何もない空へと身を滑らせた。
「ちょ、上――!」
 ぎょっとしたクライフが手を伸ばす。
 落下するレオアリスの身体を、ハヤテの銀色の躯が滑り込み、その背に掬い上げた。
 そのまま翼を一打ちし、急上昇する。
 見る間に王城の尖塔を越えるほどまでも高く上がり、陽光を弾きながら縦に丸い、銀色の輪を描いた。笑い声が散る。
 呆気に取られて見つめていたフレイザーは、たった今まで感じていた大人びたという感覚と、僅かな寂寥感をすっかり打ち消され、ふっと肩の力を抜くように笑った。
「……歳相応だわ」



 ハヤテはひとしきり、主人を乗せて空を疾駆し、まだ物足りなさそうな仕草ながらも士官棟前の芝の上に降りた。空を見上げていた隊士達が歓声をあげ、レオアリスに駆け寄る。
「上将――!」
「お待ちしておりました!」
 事務官のウィンレットとライアー。
 左軍准将のノルトや、中軍少将リム、准将コウ、まだ少女にしか見えないシャーレの姿もある。
 右軍少将クレイドル、左中右の隊士達――夜勤明けの者達も今日公休の者達も、第一大隊隊士千五百人、全員が集まっている。
「も、も、戻っていらっしゃるって、信じてましたぁー!」
 最年少のシャーレが大粒の涙と一緒に泣き声を上げてしゃがみ込み、呆れたコウに髪をくしゃくしゃにされている。
「総将就任、おめでとうございます」
「俺達の、第一大隊の誇りです」
 輪の中でレオアリスは隊士達の顔をぐるりと見回し、笑みで応える。
 フレイザーは外側からその様子を見つめ、しみじみと息を落とした。
「本当に、戻ってくれて良かった。ロットバルトはいないしクライフも隊が違っちゃったのは少し残念だったけど、でも今までみたいに上将を支えるのは変わらないわね、私達」
 フレイザーはクライフへ、微笑んで首を傾けた。
「今が本当に、嬉しいな」
「――」
 クライフがごくりと唾を飲み込む。
 束の間、背筋をぴんと張って硬直し、何度か肩を上下させ呼吸を繰り返した。
「クライフ? どうかした?」
 肺から息を、全て吐き出す。
「フ、フレイザー!」
「何?」
「お、お、お、俺と……ッ」
 吐き出した息を吸うのも忘れ、クライフは一気に言葉を押し出した。
「俺と、結婚してくれ!」
「――」
 フレイザーが緑の瞳を見開く。
 見つめる先で、酸欠か、緊張か、クライフは顔が真っ赤だ。上半身がグラグラ揺れている。
「――いいわよ」
「あっ、け、け、結婚ていうか、いや、結婚を前提に、まずは付き合ってみませんかっていうか」
「いいわよ」
「た、た、試しにでも、まずは――」
 しん、と辺りは静まり返っている。
 気付いてクライフは恐る恐る顔を上げた。
「……え……」
 フレイザーは目の前に立ち、真っ直ぐクライフを見つめている。
「え? え?? いい? い、今、今俺なんて言った?」
「いきなり結婚申し込んだね」
 ヴィルトールが背後霊のように後ろに立っている。顔が楽しくてたまらないといった様子で笑み崩れている。
「結婚――」
「フレイザーは了承だって」
「結婚――」
「まず呼吸しよう」
 既にこれ以上にないくらい顔が赤くなっていたクライフは、そこでようやく、息を吸った。
 茫然とした顔でフレイザーを見つめる。
「結婚――してくれ、る、の?」
「そうね。いいと思う。ていうか――」
 フレイザーがにこりと笑みを返す。
「……嬉しいわ」
「――マジで!? っっっったぁぁぁぁあああ!!」
 クライフは空に喉を反らして吠え、フレイザーの腰に腕を回し抱え上げた。そのままぐるぐると踊るように回る。
「ちょっ」
「ありがとう!」
 クライフの両肩に手を置いて、見下ろし、フレイザーは降りるのを取り敢えず諦めて、込み上げた笑みを零した。
「――どういたしまして」
 向けられた瞳は陽射しを浴びて、自ら輝くほどに嬉しそうだ。
 隊士達がどっと祝いの声を上げる。
「クライフ中――いや、副将が! 結婚申し込んだ!」
「フレイザー大将!?」
「受け入れられた!」
「うおお、信じらんねぇ!」
「奇跡だ!」
「今日すげー!!」
 蜂の巣をつついたような騒ぎの中、ヴィルトールはその中心にいるクライフとフレイザーを眺め、肩をすくめた。
「祝福されてるんだか、驚かれてるんだか――まあずっとヘタレだったからねぇ」
「嬉しそうだな、ヴィルトール。久しぶりにそんな嬉しそうな顔見た気がする」
 レオアリスはヴィルトールへ首を向け、目を合わせて笑い――、クライフとフレイザーへ瞳を戻した。
「俺もすごく、嬉しい」
「上将! ヴィルトール! 証人、証人なってくれ! すぐすぐ今すぐ! 早く早く!」
 夢が覚めないうちにと言わんばかりの上擦った声に、レオアリスとヴィルトールはもう一度笑い、輪の中の二人に歩み寄った。











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2022.2.13
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