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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

四十四



 近衛師団総司令部、士官棟三階、軍議の間。
 横長の部屋は三段格子の二連窓が四つ、明るい光を呼び込んでいる。
 窓を正面にして部屋の右寄りに長方形の卓が置かれ、右奥に総将の席を置く。
 総将を両側から支えるように、左右に副将、参謀長、相談役、そしてそれぞれ三大隊の大将、及び副将の席が用意されていた。壁を背に第一、第三大隊。窓を背に第二大隊。
 部屋の左側は中将が立つ場として用意され、今日は既に一等参謀中将を含めた各隊中将等が並び、心地良い緊張の中で軍議が始まるのを待っている。
 軍議の卓はその半分が埋まっていた。
 参謀長クーゲルは白髪混じりの頭をやや伏せ、目を閉じて黙考している。六十代前半、七年に渡りアヴァロン、そして近衛師団全体を支えてきた古参だ。
 彼の前に前副総将であり現相談役のハリスが座っている。アヴァロンの代の副総将はハリス一人だった。五十代半ば、灰色がかった髪を耳の下でざっくりと切っている。
 第一大隊は大将フレイザー、その横の副官席の空席が示すように、副将はまだ任命されていなかった。
 第二大隊は大将ハイマートと、副将クライフ。
 第三大隊大将の席は不在、副将デル・レイが自身の席に着き、斜め前に座る元上官ハイマートと言葉を交わしている。
 総将席後方の壁には高い位置に暗紅色の王家の旗と、その下に漆黒の近衛師団旗が、ぴんと張られ掲げられていた。
 正面奥の壁に背の高い柱時計が一台、一定間隔で歯車の音を鳴らし、窓から差し込む陽光は卓に落ちて艶やかな表面を眩しいほど輝かせている。
 時計の長針が九刻を指す。歯車がかちりと回り、柱時計は重くくぐもった音で、九刻を告げた。
 クーゲル、ハリス、フレイザー、ハイマート、クライフ、デル・レイが立ち上がり、踵を鳴らして背筋を伸ばす。
 師団旗に近い扉が開き、新たに三人が入室した。
 グランスレイ、セルファン――そして、レオアリス。
 卓の六人、そして後方の中将等は踵を鳴らし、左腕を胸に当てた。立ち昇った音が室内を埋め、余韻が静寂に変わる。
 グランスレイは窓側に、セルファンは壁側の席の前に歩み寄ると、やや離れて立った。
 同様に、レオアリスは総将席の前には立たず、身体三つ分ほど離れ、王旗と近衛師団旗を背に立った。
 席に着かないのは三人の就任が五月の即位を待つからだ。
 フレイザーとクライフは込み上げてくる安堵と、笑みと、それから誇らしさを、表情の奥に押し込んだ。
 レオアリスの上にはもう負傷の影は見当たらない。そして、以前よりもずっと大人びたように思えるその身に纏う空気が、彼の存在を室内に伝えるようだ。
 戻ったこと――
 いつまでも少年のように、どこか弟のように思っていたけれど、改めて見た姿はもう青年と呼べる域にあること。
 そして、次期近衛師団総将として、彼等の前に立っていること。
 クーゲルがまず声を発する。
「この度、王太子殿下御即位に伴う副総将、そして総将任命を、お喜び申し上げます。そしてまた我々にとっても、王太子殿下のご決定が喜びであることを、申し添えます」
 顔を上げ、皺を刻んでクーゲルは笑んだ。
「近衛師団が盤石となり、ようやく、アヴァロン閣下も安んじられるでしょう」
 全員が敬礼を解くのを待ち、クーゲルは改めて、グランスレイ、セルファン、そしてレオアリスを見た。
「レオアリス殿、無事戻られたことをお喜び申し上げる。また、西海との戦い、そしてナジャルとの戦いにおいて、我らが主君、国王代理、王太子ファルシオン殿下を守り抜いたこと、近衛師団として誇りに思うと共に、深く、感謝したい」
 目礼し、背を伸ばす。
「復帰にあたって、そして就任に向け、この場にいる者達へ挨拶を頂きたい」
 レオアリスは一度グランスレイとセルファンと目を合わせ、一歩進み出た。
 卓の前に立つ大将達と、卓の向こうの中将達を見渡す。
 顔触れは一年前と少しずつ異なる。
 トゥレスを始め不本意に失われた者も多く、第二大隊の中将達の面はやや硬い。
 ゆっくりと息を吸い、顔を上げる。
「長い不明の期間があったこと、その間近衛師団大将としての役割を果たせなかったことを、この場を以って詫びたい」
 何を言うべきか、まだ心は整っていなかったが自然と言葉になった。
「俺は未熟で、アヴァロン閣下のように近衛師団の支柱になるには、今足りていないことが多過ぎる。けれどこれから、一つずつ学びながら積み上げていこうと思う。立派なことは言えないけれど」
 漆黒の双眸は右頬に差す鮮やかな陽光を受け、確固たる意志を湛えている。
「近衛師団隊士として、近衛師団全体で、王家と王太子殿下――新たな王をお守りし、お支えしたい。力を貸し、そして近衛師団として志を一つにして欲しい」
 口を噤むと、一呼吸の後、大将、そして中将達は踵を鳴らし左腕を胸に当てた。
 彼等を見つめ、レオアリスはふっと、笑みを零した。
「有難う」
 その笑みにハイマートはデル・レイと、そして中将達がやや驚いた様子で互いに顔を見合わせ、それからつられるように笑みを浮かべた。
 グランスレイが後を引き取る。
「総将、そして我々の就任は王太子殿下の御即位と同日、五月一日となる。とは言え四月には西海との和平条約締結があり、公式に王太子殿下を守護する場に配備されることは多いだろう。至急隊内を整えなければならない」
 緑の瞳が場を見渡し、落ち着いた低い声が続く。
「その一つとして、各隊の人事を再編する。第一大隊は引き続きフレイザーを大将とし、現右軍中将ヴィルトールを副将に置く。ヴィルトール、一歩前へ出よ」
 中将達の間からヴィルトールが進み出る。
 ヴィルトールは西海との和平条約締結に向け、調整官としてこの数日イスに赴いていて、昨夜王都へ戻ったところだ。
「次いで第三大隊については、大将を現第二大隊大将ハイマート、副将を引き続きデル・レイ」
 思いの外早く古巣へ戻ることになったハイマートは、第二大隊の中将達へ「世話になった」と短く口にした。
「第二大隊については、大将を現第三大隊左軍中将ロンベルグとし、引き続きクライフを副将とする。ロンベルグ、前へ出よ」
 ロンベルグは二十代後半、入隊当初から第二大隊の所属だ。昨年五月のトゥレスが起こした乱の後の再編の中で左軍中将に就任した。緊張の面持ちで進み出ると、左腕を胸に当てる。クライフと目を合わせ、肩の力を抜いて小さく頷いた。
 グランスレイは改めて、室内を見渡した。
「中隊中将は各隊で検討し、三日後までに推薦せよ」
 グランスレイの言葉にかぶさるように、遠く、空に花火の音が響いた。
 グランスレイをはじめ、大将や、中将達――そしてレオアリスも窓へと顔を巡らせる。
「珍しい。どこかで花火を上げているな」
 そう呟き、グランスレイが笑った。










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2022.2.13
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