十九
穏やかな光が体を覆っていた。
損傷した箇所を包み、補っている。千切れかけた腕。右胸を穿った牙の痕。
以前、折れた右の剣を、そしてその影響を癒す為に半年もの間横たわっていた、王城地下のそれに似た光球の内側だ。その光よりもなお、黄金に輝いている。
瞼の内に光景が甦る。
戦いの中、幾たびも重ねられた剣。
炎。
重ねられた法術。
暗い海面に光る、マリ海軍の火球砲の光条。
誰もが全ての力を注いだ。限界に踏みとどまりながら。
ナジャルを滅ぼす為に。
ナジャルを断って蛇体ごと海中に落ちた時、身体は負傷を積み重ね、動かすことも困難だった。
それでも腕を伸ばす。
薄れていく剣の光、その向こうに、蛇体の半ばから二つに断たれファロスファレナの水流波を受けて身を崩しながらもなお、貪欲に命を吸おうと足掻くナジャルの蛇体があった。
ナジャルの牙が喰らい付き裂いた右胸は、肩から腕が千切れかけている。もう動かない。
だから左手を伸ばす。
まだ剣の光は残っている。
最後だ。それがわかる。
掴んだ剣を、頭上のナジャルへと、全てを乗せて振り抜いた。
青い閃光が、空へ伸ばしていた蛇体を貫く。
蛇体の中心から、輝く核が剥き出しになる。
それは赤く、禍々しく、そして美しい光を放っている。
ナジャルの心臓。
二つに断たれ、崩れ、光の中に溶ける。
光はそのまま空へと走り、果てのない夜に吸い込まれ、同時にレオアリスの手の中で、剣は完全にその輝きを消した。
一つに合わさっていた剣が二振りに戻り、砕ける。
呆気なく――
初めから砕けるものだったかのように。
感じたのは喪失ではなく、戦いがこれで終わったのだということ、それだけだ。
それから。
戻らなくては。
戻って、守らなくては。
伸ばした左手の、指の間、自らの剣が放った青い輝きは失せ、海面はもう見えない。
指先はほんのわずか、水を掻いただけだ。
掴めるものはなく、沈んでいく。
様々な想い、そして胸を掴むような望みが去来し――
もう、充分だと、そう思った。
ナジャルを倒すことができた。
充分だ。
このままでいい。
どれだけ落ちていっただろう。
瞼にほのかな光と温もりを感じ、閉じていた目を開けた。
瞳を捉えたのは黄金だった。
黒く塗り潰されたような海の中を、鮮やかな黄金の光が揺らいでいる。
輝く光はどこまでも広がり、澄んで、この深く暗い世界を煌々と照らすようだ。
巡らせた視線はすぐ一点に止まり、レオアリスは驚きと、そして喜びに、その瞳を彩った。
「陛、下――」
王の姿――紛れもなく。
両腕を広げ、黄金に輝く水の中でレオアリスの身体を受け止めている。
覗き込む、黄金の双眸。
「仕方のない奴だ」
王は微かに笑みを刷いた。
深く、温かな笑みはレオアリスに折に触れて向けられたもの。
「そなたがここへ来ることのないようにと、願っていたのだが――」
レオアリスは胸の中に湧き上がる熱を覚えた。
どれほど、この存在、この黄金の眼差しを願っただろう。
どれほど。
綴る言葉を探す。
詫びる言葉を――
それとも、再びその前に在れることの喜びを。
ファルシオンのことを。
剣の主を――、王を失ってからの戦いを。
ただ、剣の主がそこにいることを。
レオアリスは口を開き、けれど一言も言葉を見つけられず、瞳を閉じた。
暖かな金色の光が身を包み込むのを感じる。
失ったはずの剣が確かに震え、喜びを伝えてくる。
静かに、緩やかに、息を吐いた。
王の近くに在りたかった。それだけを望んだ。
その為に、何も知らず何の力もないままに故郷の村を飛び出した。
生まれたばかりの自分の命を、王が炎の中から救ってくれたことなど、一つも知らなかった。自分の父、一族が王の派兵した兵と――バインドと戦い、滅びたことも。
それを知った時、怒るべきなのか悲しむべきなのか、詫びるべきなのか、そのどの感情も、自分の中にある想いとは異なった。
憧れ、父の姿を重ねるよう思慕し――
ただ。
どこまでも、王は遠い存在だった。
その前に在りながら、捧げた剣を王が受け止めていながら――剣に触れた温もりを深く覚えながら、どこまでも。
剣の主。
どうしてだろう。
これほどに遠かったのは。
――それは、そなたが
王の言葉を、音が邪魔をする。
はじける泡が黄金の光の周りを撫ぜるように包み、過ぎていく。
―― ……
再び目を閉じる。
このままでいたい。このままでいい。
それが望みだった。
黄金の球体が揺らぐ。
瞬きよりも短い刹那、光は暗く深く重い闇に溶けそうに見え、そして再び真円を輝かせた。
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