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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』

十七



 
「隠されている。では、レオアリスは生きているということか」
 プラドが低く、そして二人と同様に慎重に問う。
「それについて、私は今現在の情報、そして法術の知識が不足していることからも、確たることは何も申し上げられません。しかし、物見も探索も一切反応しないのならば、その存在そのものが隠されているのではないかと――そこに可能性を見ます」
「回りくどいな、貴方の言葉は。だが」
 プラドは立ち上がった。口元に笑みが浮かぶ。
「可能性があるなら探すだけだ。どうすればいい」
「どうすればいいってプラド、いきなりそんなこと言っても駄目よ。もう少し話を聞きましょう」
 呆れた口調でティエラが嗜め、プラドの腕を引いて椅子に座らせる。プラドは不承不承といった様子で座り直した。
 ロットバルトはほんの僅か頬に笑みを刷き、プラドへ――そしてティエラとセト、カイルへ、瞳を向けた。
「勿論、私の申し上げたことは可能性の一つでしかなく、それが真実を言い当てることができていたとしても、簡単な話ではありません。法術院長ですら探し出せないものを、どう探すか――」
 カイルもセトも、深く腰をかけ直し、じっと視線を注いでいる。
「ただ、可能性はある。まずはレガージュの海か、それとも西海を探すのが妥当でしょう。対象の海域は広く取る必要はありますが、そこから出ているとは考えにくい」
「西海も、探してくれていると――それでも見つかっていないのじゃろう」
「では、西海のわざではないのでしょう」
 ロットバルトを前に、四人は顔を持ち上げた。
 プラドが眉を潜める。
「そう言い切れるのか。西海ではないと?」
「現在、我々が和平に向けて話をしている穏健派は、信頼に足ると判断しています。彼等に隠す利は無いのですから」
「西海ではない――だが例えばもし、何らかの違う、西海の勢力が関わっているということは考えられないか」
 プラドの問いに、ロットバルトは頷いた。
「海皇が滅び、ナジャルが滅び、あの時あの戦場に関わっていたのは西海穏健派だけでした。迂闊に海域に居れば、ナジャルに命を吸われる危険があった。それはなにより、西海の住民こそが深く理解していたでしょう。西海に三者以外の勢力があったとしても同じです。そこへ敢えて近付いたとは思えません。近付いて尚命を永らえる為には、海皇かナジャルに並ぶ存在でなければ」
 暖炉に揺れる炎が、じっと椅子に腰掛けている肌にやや熱く感じられる。
「それを踏まえれば、西海ではなく――そしてアレウスの者でもない」
「何故判る」
「アレウスの者ならば法術院長アルジマールを凌がなければなりません。マリ王国にも利はない。が、とりわけ王太子殿下にとってどのような存在か、メネゼス提督は理解しています。マリ王国の利は交易にあり、それを阻害することは行わないでしょう」
 ロットバルトはやや身を乗り出し、低い卓に左手を置いた。
「状況や関係性から可能性を消去していく。残ったものに、捜索の視点を集中させます。現状、残るとすれば――」
 ロットバルトはふと、口を噤んだ。
 室内に沈黙が落ち、暖炉で薪が爆ぜる音が耳に届く。
「ヴェルナー殿?」
 呼ばれ、顔を上げる。
「いえ……失礼しました」
 ロットバルトは自分の考えをどう捉えるか、逡巡しているように見える。
 だがそれを口に出すことはなく、カイル達へと姿勢を正した。
「法術院長へは一旦私から今の話を伝え、法術院へ明日、あなた方をお連れします。今日のところはどうぞ、王都にとどまって頂き、旅の疲れを癒やしてください」
 カイルは肩に止まる黒い鳥の尾に指先を触れ、息を吐くと、深く、顔を伏せた。
「有り難うございます」
 押し出された声に、カイルの想いが篭っている。
「私の、ただの思い過ごし、ただの期待でしかないのではと、ずっと、ずっと思考が、繰り返すばかりで――自分では何も」
「カイル、早いところ村のもんにも知らせてやろう。ムジカやメイ婆さんなんぞ、そのまま死んでしまいそうなくらい気落ちしとって……このことを聞いたらどれほど喜ぶか」
 セトのせかせかした口振りにカイルは顔を上げ、苦笑した。
「まだ早すぎる。何も決まったわけではないのだから」
「わかっとるが――」
 ティエラが落ち着かない様子のセトとカイルの手を取る。
「カイルさん、セトさん、今日はもう、ゆっくり休みましょう。明日から色々と忙しいかもしれないし。疲れたでしょう?」
 そう言って、「宿をどうしようかしら」とティエラはプラドを見た。
「適当に探す」
 予期していた適当な答えが返る。ティエラは優しげな眉を寄せた。
「王城の客間をご用意致しましょう」
 ロットバルトの提案にカイルとセトはぎょっとして首を振った。
「王城なんぞ、わしらには」
 蒼い双眸が柔らかさを増す。
「ですがもしお望みなら、彼が暮らしていた官舎がそのままになっています。当面の宿として、そちらを整えさせて頂きますが」
「レオアリスの――」
 セトはほっと息を吐き、それから声に喜色を昇らせた。
「それは有難い。カイル、そうさせてもらおう」
「私とプラドは城下に戻ります。デント商会のマリーンと改めてお話ししたいので」
 ティエラはそう言って、カイルとセトと向かい合った。
「カイルさん、私達も何かできることがあれば、何でも言ってください。法術の分野はちょっと難しいんだけれど」
「――有り難う……ここでこうして話を聞けたのは、あなた方のお陰じゃ」
 戸板を叩く金具の微かな音と共に扉が開き、従者らしき男が膝をつくと時間を告げる。
 ロットバルトは頷き、四人へ向き直った。
「失礼ながら、私はこれで。後ほど、エイセルがご案内させて頂きます。法術院との話については、明日ご連絡を」
 カイルとセトはロットバルトと向かい合い、深々と頭を下げた。
「何もかも――感謝申し上げます」
 ロットバルトが退出すると、室内には束の間の静けさが満ちた。
 窓からの西陽は柔らかく差し込み、室内を金色に染めている。瞳の奥に染み渡っていくような柔らかな黄金色だ。
 カイルは夕暮れの光を含んだ窓へ顔を巡らせ、目を細めた。
「レオアリスの家か――」
 黒い羽毛の毛先が金色を弾いている。
「この王都で、どんなふうに暮らしておったのかのう」







「君にしてはまた随分、不確定要素が多い中で口に出したものだねぇ」
 感心と、それから僅かな懸念と。
 アルジマールはロットバルトと向かい合い、視線は手元に落とし卓上の用紙に一心不乱に高速で書き付けながら、そう言った。
 卓上だけではなく床にも書き散らし――書き付けた紙が散乱している。壁にも、もう隙間は天井くらいしかないのではというほど、書き込んだ紙が貼り付けられていた。
 文字と図形でいっぱいになった紙がまた一枚、床に落ちる。
 アルジマールはここ最近ずっと、飛空艇の基本原理の構築に没頭していた。部屋の隅には書き殴っては上から消した紙や丸められた紙が積み上がっていたが、今書き付けているのは順調に進み出したものだ。
「君にとってこの問題はそれだけ重くて、目の前に浮かんだ可能性は得難いものなんだ」
 目の前の青年は自分の感情をとかく出さず、アルジマールの指摘にも普段と変わらない笑みを返すだけだ。
 片時も手を止めないまま、アルジマールはロットバルトのこれまでを考えた。
 自らの望みとは異なる方向へ進まざるを得ず、とは言えその能力、そして思考は立場と権限に相応しいのだからそこに立たざるを得ない。
 もっとも彼自身、おそらく今の立場を面白いと感じてもいるのだろうが。
「話は解ったよ。僕も実際、その可能性があると思ったから、君に伝えたんだしね」
 物見も探索も反応が無い、と。
 威信にかけてならば、例え小石であろうと探し出してみせるという自負がある。
「飛空艇も原理構築が佳境だけど、七万ルーアンの為に僕も力を尽くそう」
「最大値で話をされますね」
 ロットバルトが苦笑する。
 出資の約束は五万ルーアン、最大で七万だ。ただロットバルトがそう言ったのならば、もう一万、いや二万行けるとアルジマールは踏んでいた。
「ここで頑張れば、もっと出してくれるかもしれないし」
「それは得られる成果によります」
「よし!」
 筆を持っていない方の手で拳を握る。
「一基二万での開発条件は変わりませんよ」
「大丈夫! それに」
 アルジマールは顔を上げた。
 緑の瞳の奥に、淡い色が揺らぐ。
「僕も、大将殿に会いたいし」
 書き付けていた手がようやく止まる。
 ひと段落――思考をひと段落させる必要もある。
 アルジマールは被きの下で首を傾げた。
「そうとなれば早速、彼等と話したいな」












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2021.10.31
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