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王の剣士 七

最終章

『光を紡ぐ』




「義眼が入ったのですね」
 ロットバルトはアルジマールの頭巾の下に気付き、そう言った。
「うん。とりあえず、またせっせと溜め込もうと思う。しばらくはあんな大規模法術は使わないだろうけど」
 僅かに覗く瞳の色は明るい緑だ。
 それがアルジマールの本来の瞳の色なのか、ただ義眼の色なのか、それは判らない。
 ロットバルトは雑然と本や術具の散乱した部屋の、浮島のように覗いている椅子に座った。その洗練された所作と姿形が部屋からかなり浮いているが、互いに頓着する様子はない。
「先日、ファルシオン殿下の即位式に合わせて、新たな、ファルシオン殿下とこの国の象徴となるものを作りたいとお伝えしました。お考えが纏まったとか」
 ファルシオン即位に向けた国威高揚の方策を、アルジマールには法術面から検討してもらっていた。
「うん。考えたんだけどさ。ていうか、前から考えてたんだけどさ、ふふふふへ」
 アルジマールは不気味に笑った。
 ロットバルトは慣れたものだ。
「どのような案ですか」
「大量輸送機能を有した、新たな移動手段」
 一旦言葉を切り、自分の言葉が最大の効果を得られるよう、溜めをつくる。
「名付けて、飛空艇――どうかな」
「飛空艇、ですか」
「そう、そう、そう! そうなんだ!」
 抑えきれず興奮に頬を紅潮させているアルジマールへ、蒼い双眸をぴたりと据える。
「開発費は」
「西海のさ、レイラジェ将軍のファロスファレナの話を聞いてさぁ、いいなぁと思ってたんだ。それで、おっきい移動手段がいいかなって。船が空を飛ぶってのが気持ちが昂るよね。今まで空の移動手段は飛竜だけだったけど、飛竜だと輸送力に限度があるでしょ。維持経費も場所も必要だし。それはそれで、厩舎の運営とかで雇用が発生するから無駄じゃないんだけど」
「開発費は」
「船体に浮遊と飛行、位置指定の為の操作核を置くんだ。一つだと水平が保てないから前後左右中央に最低一個は置いて……船体はレガージュの技術を取り入れる。見てくれるかいこれ図面。まだごく簡単だけど。これだとそうだな、百名くらい一気に移動できるよ。百名は今僕が考えてる規模の中で、一番少なく見積もってだよ。移動速度は、王都から、例えば君のところのイル・ファレスまで半日ってところかな。もちろんもっと早くできるとも。まだまだ構想の段階だからね」
「開発費は」
「最大なら中隊一つ――何と千名を一度に運べる物が造れるんだよ! どうだい、画期的、夢のような革新だろう! ファルシオン殿下の門出――この国の、謂わば新たな船出にこれほど相応しいものがあるかい?!」
「――」
 ロットバルトはアルジマールを見つめたまま微笑んだ。
 視線を受け、アルジマールはボソリと言った。
「三万ルーアン」
 ちなみに国家予算は一千七百万ルーアン、そして近衛師団の一年の経費が五万ルーアンだ。
「――」
 視線を受け、アルジマールはボソリと言った。
「……一基製造。調整、運用は別」
 ロットバルトは立ち上がった。
「ちょ」
「いいでしょう」
「これは絶対将来の国家発展にえっ?!?」
「まずは一基、ヴェルナーが試験製造を支援します。個人的な内部資産を用いればヴェルナーのそのものには響かない」
「ほ――本当にかい!?!」
 アルジマールはその場から跳び上がった。
「素晴らしい! 君は本っ当に最高だ! 貴族の鑑だよ! もっと出してくれたら君の資産倍にしてみせるよ?!」
 ロットバルトの視線を受けてアルジマールは口を閉ざした。
「とは言え際限なく予算を掛けるわけにはいかないでしょう。放っておけば貴方は天井知らずでしょうしね。開発には五万ルーアンまでは出しますが、現実的な運用を考えれば、まずは一基二万で製造可能になることが望ましい。そこまで持っていってください」
「えぇ……四月までだよ……」
「国庫を積んで飛んでいる、などと笑い物にはなりたくないでしょう」
「辛辣だなぁ、君。でも確かに、それでもし墜落でもしたら二重の意味で僕の進退極まるもんね」
 物騒に冗談めかしたアルジマールへ、ロットバルトはやや呆れて「解っているのなら構いません」と言った。
「ですが、非常に発展性のある提案です。安全性と実現性が高まった段階で、ファルシオン殿下へ正式に奏上し、殿下の――王家の主導で導入へ向けて動くのが良いでしょう。投資の条件として四月までに一基、即位式での披露用に完成していること」
「それは五万じゃ足りないかも」
 アルジマールはちらりと、上目遣いにロットバルトを見上げた。
「三月の初旬で見込みがあれば、もう二万ルーアンを出資します」
「乗った!」
 乗ったも何もアルジマール自身の欲望に基づいた提案だ。
「披露後すぐに正式運行ではなく、安定的に運用して行くためには試験運行を何度か繰り返す必要があります。費用はいくつかの路線を設定し、諸侯の投資を募るといいでしょう」
「なるほど、いいね。てなると投資競争になっちゃうなぁ。僕の研究費爆上がりだ」
 うきうきと、アルジマールは部屋を早足で歩き回り始めた。
 もうロットバルトの存在を忘れたかのように、ぶつぶつと一人呟いている。頭の中は既に飛空艇の構造や組み込む術式の原理など、物凄い速度で考えを巡らせているのだろう。
 ロットバルトは会話を切り上げた。
「ファルシオン殿下もお喜びになると思います。この話は構造や基本原理が整ったら、また聞かせてください」
 聞こえているのかいないのかアルジマールはぐるぐる回りながらぶつぶつ呟いている。
 気にせず廊下への扉の把手に手をかけたロットバルトを、アルジマールの声が思い掛けず呼び止めた。
「近衛師団は、再編するんだね」
「――そのようですね」
 把手に置いた手が止まり、すぐにカチリと微かな金具の音を立てて開いた。
 正規軍の再編に合わせ、近衛師団と内政官房とでその話も進められている。
「今日、いい報告ができなかった。謝りたい。ずっと探してるけど――」
 まるで気配が無い、とアルジマールは言った。
「物見も探索も、反応が無いんだ」
 ロットバルトは振り返り、かずきの下に覗くアルジマールの目を捉えた。






 十二月二十日。
 朝から、王都には何度目かの雪が降り始めていた。
 昼頃には足首ほどまで積もり、初めは賑わっていた通りも人通りが疎らになっている。
 年末も押し迫ったこの日、王城は正規軍、近衛師団の再編を公示した。雪が降りしきる午後三刻のことだった。
 正規軍についてはまず、西海との最後の戦い前に一度編成を変えている西方軍を、改めて再編した。
 戦時の間第五大隊に編入していた第四大隊、第七大隊に編入していた第六大隊を再度分割し、それぞれの大隊へ新兵を配して従来の規模近くへと戻した。
 また、ゴードンが西方将軍に就いた後も兼ねていた西方第一大隊大将に、第一次、第二次サランセリア戦役、そして最後の戦いにおいて戦功を立てた第五大隊大将ゲイツを据えた。
 東方軍においては、一時東方公側についていた第二大隊を再構成し、第一大隊副将ブランツを第二大隊大将とした。この人事については、第七大隊のシスファンを王都近くへ置くことも検討されていた。だがシスファン自身の意向と、魔獣の流入で被害を被った第七大隊所管区であるミスティリア地方の復興もあり、留保された。
 今回の戦いの中で『黒竜』以外の存在もまた明らかになったこと――、地竜が眠る地がミストラ山脈であり、万が一、――甦った風竜と、そして投影とはいえ赤竜が地上に現れた以上、既に万が一とは言えないが――地竜に動きがあった場合についても編成の議論の中では言及された。
 近衛師団の再編は、正規軍よりも組織が小規模な分、大きく動いた。
 総将代理をグランスレイのままとし、かつ、副総将に正式に任命され、兼任していた第一大隊副将の任を解いた。
 第一大隊大将には、同左軍中将フレイザーを昇格。
 処遇を留保されていた第二大隊を再編し、第三大隊副将ハイマートを大将に、第一大隊中軍中将クライフを副将とした。
 第三大隊はセルファンが変わらず大将を務め、加えてグランスレイと並んで近衛師団副総将を兼任することとなった。
 その中で、総将の座は空席のまま――
 王城は近衛師団総将について、来年の五月、王太子ファルシオンの即位式において任命することを、この布告で明言した。
 国王の影とも言える近衛師団総将を、即位と同時に任命することは自然なことだ。
 ただ、隊士達だけではなく王城の官吏達や、そして王都の住民達の多くが、今回空席を埋めるはずだった名前を思い浮かべ、そして、ファルシオンがそこになおも一縷の望みを持っているのだと、痛ましさを抱いただろう。




 各地で復興の作業は着々と進んでいく。
 もう十日後に迫った新しい年に向け、落ち着いて立ち止まる暇もなく、慌ただしく日々は過ぎた。












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2021.10.3
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