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王の剣士 七

<第三部>

第四章『遠雷2』


 日に何度となく交易船が入出港していたフィオリ・アル・レガージュの港は、今は五基の桟橋も泡立つ海の中に崩れ落ち、その白い波間に何隻もの交易船やレガージュ船団の船が、無惨に沈んだ舳先や船腹を晒していた。
 打ち寄せる波と銅鑼の音。
 その響きと共に西海軍の兵列が、港へ這い上がり、或いはシメノス河口へと押し寄せる。
 港へ這い上がる兵列へ、一人の少女が駆け込んだ。
 ユージュだ。右腕に現われた剣が銀の光の尾を引く。
 ユージュは西海軍の兵列を引き裂くように一息に駆け抜けた。
 駆け抜けざま、左手を高く挙げる。
 矢羽根が空を切る音と共に、一斉に西海軍の上に降り注ぐ。
 追い打ちを喰らい西海軍がたじろいだそこへ、抜身の剣を手にレガージュ船団の男達が打ち掛かる。
 視線を転じれば、シメノスの河口に退いたレガージュ船団の船とまだ無事だった交易船とが、その船体で河口を遡ろうとする西海軍を堰き止めていた。団長のファルカンが、船団の男達と戦いに加わっている数カ国の交易船の船乗り達を鼓舞し、自らもまた剣を西海兵に振り下ろす。
 港にはレガージュに駐屯する正規軍兵士が街への路地を全て塞ぎ、また時折紅玉の鱗の飛竜が空を駆け、寄せる西海兵を蹴散らした。
 そうして昨日の侵攻から続いている攻防も、一夜を明かせば疲労は頂点に達していた。
 ユージュは右腕の剣で西海兵を更に二体、切り倒した。打ち掛かる槍を払い、振り下ろされる剣を弾き返す。
 ユージュのすぐ横でレガージュ船団の船団員が力尽き膝を付く。その背に迫る槍へユージュは駆け込み、西海兵に切り付けると船団員の腕を取った。
「しっかりして、ルゼロさん! 少し下がって、休んで」
「ああ、悪い、ユージュ」
 ルゼロの背中を街の方へと押し、ユージュはもう一人、兵士を斬り倒した。
 返る血に、たった一晩で慣れてしまった。
 そして前よりも戦える。
 けれどユージュの剣は半分でしかない。父ザインであればおそらく一晩も無く後退させただろうこの兵達を、ユージュの剣では押し止めるのが精いっぱいだった。
 そして、ユージュ達に積み重なって行く疲労と、疲れを知らないように思える西海軍の侵攻。
 使隷が厄介なのだ。斬り倒しても斬り倒しても際限なく増え、加えてレガージュを襲った西海兵は蜥蜴じみた姿をしてその硬い鱗に苦戦した。
「大丈夫! まだ!」
 自らを励まし、頬に血を滲ませながらも、ユージュは街を守ろうと戦っている仲間達を振り返った。
「みんな、頑張って、もう少し! もう少しで――」
 一条の鉾が空を切り裂き、ユージュの喉元へと飛来する。
「ユージュ!」
 叩き落したのはザインの剣だ。正確にはザインが左手に握った剣――それが鉾を打ち落とすと同時に、あっさりとザインの手の中で砕けた。
 追い打つように、嘲笑う声が高々と響いた。
「虚しい抵抗だ―― !」
 振り返った視線の先、昨日最初に沈んだ交易船の傾いた船首の上に、一人の男の姿があった。遠目にも、男が纏う異様が判る。
「――指揮官か」
「レガージュの剣士、ザイン! 貴様に剣はなく、そのなり損ないの娘一人で、この三の鉾ガウスと二千の兵に、どう対抗しようと言うのだ!」
 ザインは斬り掛かる西海兵の剣を奪い、そのまま兵と周囲の使隷を五体、斬り倒した。剣が砕ける。槍を掴み、数体を同時に貫く。
「三の鉾――、ずいぶん早々に知らん顔になったな!」
「そんな口を叩けるのも今の内だ」
 ガウスが立つ波間の前面に、無数の使隷の群れが次々と身体を起こした。
 港で戦っていた男達から呻き声が上がる。
 使隷の群れだけではなく、渦巻き泡立つ海の中から、槍と剣を掲げた西海兵が続々と姿を現わし、ガウスの周囲に新たな兵列を作っていく。
「我が兵は尽きる事は無い! 今こそこの街を呑み尽してくれる!」
「ザイン!」
 ファルカンの声を背に、ザインは遠間に立つガウスの姿を睨み据えた。
 右肘に左手を当てる。
 鼓動はゆっくりと伝わり、まだそこに気配は無い。
「父さん!」
 ユージュが叫び、腕を引く。
「ザイン!」
 もう一度、ファルカンがザインを呼んだ。
 それまでの剣撃の音が止み、一瞬の静寂が街を支配した。
 その直後――
 高い岸壁に挟まれたレガージュの街に、喇叭の音が反響しくぐもりながら響き渡った。
「――来た!」
 ファルカンは岸壁の上を指差した。
 岸壁に切り取られた空を埋めるように、数十騎の紅玉の飛竜が空に舞う。
 風来しの月、二十六日。
 正規南方軍の第一陣、第七大隊三千が、フィオリ・アル・レガージュの街に到着した。
 岸壁の上から南方軍第七大隊大将イエイが、空を舞う竜騎兵へと、抜身の剣を高々と掲げる。
「明日にはケストナー将軍の率いる第六、第五大隊六千がここへ着く! その前に西海軍を蹴散らしてしまえ!」
 上空を旋回していた三十騎の飛竜が、翼を打ち鳴らし街の斜面に沿うように駆け下りた。










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2018.5.20
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