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王の剣士 七

<第二部>
~大いなる輪~

第四章『遠雷』


 列席者の視線がベールとレオアリス、それぞれに二分され、集中する。
「現時点を以て王太子殿下守護の任を解く。また」
 意識を研ぎ澄ませて待つのはその言葉ではない。
 ハリスが解任され、王太子守護の任を受けたセルファンは、第三大隊大将位留任だ。
 となれば、空席の近衛師団総将の座は──
 渦巻く思惑の中に、ベールの声は欠片ほどの温度も持たないように響いた。
「近衛師団大将の地位を剥奪、隊士の身分は留保の扱いとし──」
 謁見の間の空気が、大きく波打った。
 ここにいる多くの者の中で今膨れ上がった予想と、ベールの口から下された裁断は、全く異なっていた。
 地位の剥奪。
 近衛師団隊士の身分留保という扱いが付加されているものの、今回考えられる処遇の内でも最も厳しい措置だ。
「王太子殿下の赦免が下されるまで、王城内に於いて無期限の蟄居を命ずる」
 騒めきは次第に大きくなっていく。
「そこまで厳しい措置を」
「蟄居──」
「王城内となれば、赤の塔か」
「まさか、それでは体のいい投獄だ」
「さすがにそれは」
 膨れ上がる騒めきの中、ロットバルトは視線を跪いているレオアリスから、壇上のファルシオンへと移した。
 ベールの声がその場の熱を冷ますように、騒めく謁見の間に落ちる。
「どのような理由があれ、王太子殿下の守護の重責を負いながら、殿下のお側を無断で離れ、結果殿下の御身を危険に晒した事、これは決して看過できぬ重大な失態である」
 まだ残る驚き交わす声も、続くベールの言葉に潮騒が引くように余韻を残し、消えて行く。
「そして王妃殿下、王女殿下の略取もまた、直接的な原因ではないにせよ、近衛師団第一大隊大将の不在が招いた結果であり、自体を悪化、深刻化させた原因となった事は事実。今回の措置はこれまでの貢献及び国王陛下への忠心、それらを鑑みての最大限の恩情に立ったものである」
 交わす声は既に無く、謁見の間には身を動かす事もはばかられる張り詰めた空気が満ちる。
 沈黙の中、ベールは膝をつくグランスレイへ視線を落とした。
「グランスレイ、現副官として格段の異議があれば申し立てよ」
「――」
 グランスレイは束の間レオアリスの後姿を見据え、ぐいと顔を上げた。
「ございません」
 余りにあっさりと、明瞭な答えだ。
 アスタロトが一歩踏み出す。
 けれどその足も、発しかけた言葉も、誰も止める者もないままに凍り付いた。
 グランスレイは上げた面を揺るがず壇上に向けていて、誰よりも、この決に異議を唱えてくれると思っていたロットバルトは表情すら変えず黙している。
「――どうして」
 どうして、納得しなくてはいけないのだろう。
 アスタロトは唇を噛み締めた。
 ベールはグランスレイから、身じろぎもせずに跪いているレオアリスへ瞳を向け、最後に謁見の間を見渡した。
「では、最後に十四侯に問う。この議に疑義、異論があれば申し述べよ」
 ランドリーは眉を潜め、ミラーが面にやや憂いを乗せ、視線を合わせる。ケストナーはアスタロトの面を素早く見た。
 十侯爵の中でもあくまで表情を崩さない者、不安を覗かせる者、そして明らかにこの処断を当然と受け止める者、それぞれだ。
 だが誰からも手は挙がらなかった。
 ベールは手にしていた文書の表を広げ、この場に宣言するように掲げた。
「現刻を以て、本令旨を発布する」
 手にしていたそれを丸め再び紐で結ぶと、侍従は令旨の戻された絹張の台を、誰もいない玉座の横に据えた。
「王太子殿下、お言葉を」
 列席者達が顔を上げる。
 それまでずっと口を閉ざしていたファルシオンは、傍らのスランザールにそっと促され、大きく見開いた黄金の瞳を彷徨わせた。
 縋るようにスランザールと、それからベールの上に向け、再び宙に彷徨う。
「――私は」
 微かに震える声で、この広間に入る前に何度も繰り返した言葉を呼び起こし、喉の奥から絞り出した。
「この国の危急にあたり、国土と人民の安寧を全責務として、父、アレウス王の代理となり、務める覚悟を持つ」
 今はファルシオンだけが唯一、王太子、国王代理として、この国を背負い導く責務を負う事ができる。
 唯一、と――
 その考えに反して、遠くボードヴィルに掲げられた旗を思い出した者がいたかもしれない。
「この令を、我が名のもとに、」
 ファルシオンは喉の奥に込み上げたものを、飲み込もうとした。
「発布し――」
 声が震える。
 スランザールがそっと、ファルシオンの背に手を置いた。
「殿下……」
 ファルシオンは唇を噛み締めた。二つの拳が白く握り締められる。
「そなたは」
 顔を振り立て、ファルシオンは階下に跪くレオアリスを見据えた。
 レオアリスは顔を伏せ、ファルシオンを見ていない。
 レオアリスが剣を捧げたのはファルシオンではなく父王だからだ。
 それでもいい。
「そなたは、それで良いのか」
「殿下」
 踏み出したファルシオンの身体をスランザールが手を伸ばして抑える。
 ファルシオンはもう一歩、きざはしきわへ近寄った。
 レオアリスはファルシオンの兄ではない。
 だから兄のように、兄が弟を見るように自分を見てほしいと思うのは、間違っているのだ。
 わかっている。
 だから、それでもいい。
「そなたは――、もう全部、いらないのか」
 謁見の間は窺うようにしんと静まり返っている。
 国を保つ為には取らなくてはいけない決断があるのだと、スランザールもベールも言った。ファルシオンは納得しなくてはいけない。
 それが王太子という立場にあるファルシオンの責務だ。
 けれど。
 膝をつき、頭を伏せたままレオアリスは動かない。
 ファルシオンはその姿を睨んだ。
「何か――、何か言え!」

 そうではないと言って欲しかった。
 全てを投げ出すように、受け入れて欲しくなかった。

 鞭のように空気を打った声が静寂に飲み込まれる。

 レオアリスはこの場で初めて顔を上げ、階の上のファルシオンを見つめた。
 これまで、これほど遠い距離で向き合った事がなかったと、ファルシオンはぼんやりと思った。
 瞳は長くファルシオンを捉えず、レオアリスは面を静かに伏せた。
「恐れながら――私に、相応しい答えはございません」
 胸の奥に昏く冷たい水が流れ込む。
 ファルシオンは俯き、ぎゅっと瞳を瞑った。
「――もう、良い」
 張り詰めた面を逸らす。
「もう、退出せよ……!」
 喉の奥から迸った叫びは、冷えた謁見の間を鞭のように叩いた。
 レオアリスは深々と一礼し、それから膝に置いた手で自分の身体を押し上げ、ゆっくりと立ち上がった。
 列席者達が我知らず息を呑む中、ベールは壇上からレオアリスを見下ろした。
「城内に控えよ。以後、王太子殿下の許可の無い限り、一切の面会を禁ずる」
 ファルシオンは壇上で二つの拳を握り締め、足元を見つめている。
「グランスレイ、同行を」












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2018.3.4
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